1/1

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

 土曜日の昼である。世間が最も活発になる時間帯である。明日も休みであるという安心感が、人に無茶をさせる。  男は店に入った。店の名前は、洒落た筆記体で「ネラ・ラパン」となっている。  女性向けの店に男が一人で入れば、贈り物が目的であるというのは、わりと簡単に予想できることである。  それは店員にとってもそうで、女性スタッフが「贈り物ですか?」と聞いてきた。 「彼女が、こちらのお店を気に入っていまして。指輪は重たいと思うので、ネックレスをあげようかと」 「素敵ですね! きっと喜んでいただけますよ。こちらが新作の——」  男は、ノリコの姿を想像する。スタッフが指差すネックレスを、ノリコがつけた時の姿を思い浮かべるのだ。  スタッフがネックレスを手に取っては、ノリコの顔を空想する動作を、五回繰り返した。 「こちらをいただきます」  男が一番美しいと思ったのは、四番目のノリコであった。  小さなハートの中央に、上品な輝きを放つダイヤモンドがついている。ベビーピンクの色合いも、愛くるしい彼女にピッタリだ。  ラッピングをしてもらったネックレスは、シックな紙袋に入れられる。入口まで見送りに来たスタッフに軽く頭を下げてから、男は店を後にする。駅前通りは人で溢れている。  少し歩いてから、男はふと店の方にふり返った。背中に何かを感じたのだ。  だが、後ろにあったものは、休日に浮かれる人混みであった。これだけの人がいれば、それだけ多くの視線が行き交う。そのうちのひとつを、変に感じ取ってしまっただけであろう。  いよいよ明日、ノリコに会える。男の気分はどんどん高まる。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加