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玄関先には千恵が立っていた。長く会わないうちに、千恵は大人びていた。泣き虫だったガキの頃は雅史からよく守ってやったんだけどな。
千恵は僕を見るなり、大きな目を真ん丸に見開いた。
「智之……?」
右手で口を抑えながら千恵がオレの名を呼ぶ。
「久しぶりだな、千恵」
「どうして……」
「元気だったか? なんか知らんうちに大人っぽくなったなぁ」
「この子ったら、さっきねぇ、急に帰ってきたの。もう連絡もなくってねぇ」
「嘘……」
何をそんな幽霊でも見たみたいに……とふと玄関の左手にある仏間を見たときだった。
仏間に写真が飾られていた。軍服姿の写真が二枚。一枚はミッドウェーで散った親父、そしてもう一枚は――、
「智之の戦死連絡なんてやっぱり間違いだったのよ」
母の言葉でオレは確信した。そうか、実家へいこうなんて思ったのは……
「最後に……母ちゃんと千恵に会いたかったんだよ」
その言葉を告げたとき、急に感覚が薄くなっていった。いや、オレの掌も透け始めている。ああ、もう時間がないのか。
慌てふためく母、涙をボロボロに流しはじめる千恵。泣き虫はまだ治らんのか。
「待って!」
泣き叫ぶ千恵にオレは微笑んでみた。
あいつに見えたかな。
もう戦争は終わった。やっと平和な時代が来るんだ。
「幸せになれよ」
その声が届いたのか、オレにはわからなかった。
夕暮れの風が心地よく感じられた。最後に聞こえたのは蝉の声だけだった。
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