故郷へ

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*  玄関先には千恵が立っていた。長く会わないうちに、千恵は大人びていた。泣き虫だったガキの頃は雅史からよく守ってやったんだけどな。  千恵は僕を見るなり、大きな目を真ん丸に見開いた。 「智之……?」  右手で口を抑えながら千恵がオレの名を呼ぶ。 「久しぶりだな、千恵」 「どうして……」 「元気だったか? なんか知らんうちに大人っぽくなったなぁ」 「この子ったら、さっきねぇ、急に帰ってきたの。もう連絡もなくってねぇ」 「嘘……」  何をそんな幽霊でも見たみたいに……とふと玄関の左手にある仏間を見たときだった。  仏間に写真が飾られていた。軍服姿の写真が二枚。一枚はミッドウェーで散った親父、そしてもう一枚は――、 「」  母の言葉でオレは確信した。そうか、実家へいこうなんて思ったのは…… 「最後に……母ちゃんと千恵(おまえ)に会いたかったんだよ」  その言葉を告げたとき、急に感覚が薄くなっていった。いや、オレの掌も透け始めている。ああ、もう時間がないのか。  慌てふためく母、涙をボロボロに流しはじめる千恵。泣き虫はまだ治らんのか。 「待って!」  泣き叫ぶ千恵にオレは微笑んでみた。  あいつに見えたかな。  もう戦争は終わった。やっと平和な時代が来るんだ。   「幸せになれよ」  その声が届いたのか、オレにはわからなかった。  夕暮れの風が心地よく感じられた。最後に聞こえたのは蝉の声だけだった。
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