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「千紘さん、ちょっとちょっと」
多分、私は結構酔っぱらっていたのだと思う。
アルコール度数も低く、氷で薄まっているとはいえ、お酒を三杯も飲んだのは生まれて初めてのことだった。
普段お酒を飲む習慣はないし、たまに飲んでも一杯程度だから、酔うという感覚がわかっていなかったのだ。
私は隣に座る千紘さんにもっと近くに来るように手招きをした。
今思えば酔っぱらったセクハラおやじのようだっだが、千紘さんは嫌がる素振りも見せず、「ん?」とつぶやいてお互いの肩が触れる距離まで近づいてくれた。
私はにいっと悪戯に笑って、千紘さんの両頬をふにっと掴んだ。
「へっ」
「にゃははははっ。可愛い~」
千紘さんの綺麗な輪郭が、両頬を引っ張られているせいで、面白い形になっていた。
弾力のある綺麗な肌はよく伸びる。
千紘さんが啞然としているのをいいことに、私は上に引っ張ったり、下に引っ張ったりと、千紘さんの美しい顔を好き勝手いじった。
「……ひょっと、乃々花しゃん?」
我に返った千紘さんの目は静かに不当を訴える。
だけど、頬を掴まれているせいで、その言葉はふにゃふにゃで、笑いが止まらない。
「あはははっ、あー可愛い顔~」
千紘さんのびょーんと伸びた綺麗な顔に、普段品の良い言葉を話す人の怪しい日本語と、そして大先輩で恩人にそんなことをしている自分にも、何もかもがおかしくて、涙が浮かんでくる。
ひょっとって!
乃々花しゃんって、しゃんって!
ツボに入った私は、声も出さずに笑っていた。
そして私の暴挙に今まで黙っていた千紘さんが、とうとう動き出した。
私の両手首をがしっと掴んで、私の膝の上に置くと、今度は私の頬を両手で包み込んだ。
「なーにしてるの。ったく、君は」
「痛かったですか?」
てっきり私も頬をつねられると思いきや、千紘さんは私の頬を優しく包み込むだけ。
「全然。痛くないよ」
痛くなかったのにやられてもやり返さないなんて、人間ができすぎている。
私のように人の頬を勝手につねってきゃっきゃ喜んでいる低能な人間とはレベルが違うのだ。
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