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「くっついたら嫌だ?」
千紘さんは真っ直ぐな眼差しで私に伺う。
「……わかりません」
幼い頃は父や母と頬をくっつけ合ったりしていたけど、大人になってからは風太郎以外で人間と顔をくっつけたことなどないから、わからない。
ただ、今の時点で、嫌な感情は湧いていない。
「嫌かどうか、試してみていい?」
鈍感な私にだってその意味はわかる。
今、キスしてもいいかどうか、尋ねられているのだ。
あの時、額にキスをした時とはきっとだいぶ違うのだろう。
親愛のキスを唇にはしない。
考え始めたら、想像が無限に広がりそうで、私は考えるのを止めた。
「……はい」
すぐに空気に溶けるほどの小さな返事も、千紘さんにはちゃんと届いていたようだった。
10センチほどあった距離は簡単に無くなって、そして――ゼロになった。
「……」
柔らかい感触が唇に触れて、「あ、今キスしたんだ」と実感する前に、千紘さんのそれはもう離れていた。
本当に触れるだけのキスだった。
だけど、千紘さんの両手はまだ私の頬に添えられていて、
「……嫌だった?」
返事次第では、まだ続きがあるのだろうと予感させた。
それもすべて承知の上で、私は自分の気持ちを素直に伝えた。
「……嫌じゃない」
私の静かな返事に、千紘さんの瞳が嬉しそうに揺れたのがわかった。
そして予感していた通り、
「もっとしていい?」
千紘さんはキスの続きを請う。
同意するために声を出すのが急に恥ずかしくなって、私は目を伏せて頷いた。
「……んっ」
千紘さんはさっきよりも深く唇を重ね合わせた。
唇がぴったりとくっついているからか、さっきよりも湿度と温度を感じる。
お酒のせいだろうか。
頭がぼーっとして、体が熱くなっていくのがわかる。
やがて唇がそっと離れて、鼻先がくっついたまま千紘さんと目が合う。
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