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「……乃々花ちゃん、可愛い」
「……っ」
顔に熱が集中して、ぽわぽわする。
千紘さんには今までに何度も可愛いと言われたことがあるなのに、こんなにも目を逸らしたくなるほど恥ずかしい気持ちが湧いてきたのは初めてだった。
その理由はわかっている。
千紘さんの熱っぽい瞳と、耳の奥が痺れるほど甘い声のせいだ。
この人は、私の家族でも友人でもなく、一人の男性なのだと思わされた。
「……もう、ストップ、です」
私は千紘さんの口の前で両手を添えた。
きっと私は今まで、彼に〈男性〉という意識を持っていなかったのだ。
出会いが出会いなだけに、そういう対象ではなく、もっと高尚な存在として頭の中にあった。
なにもかもが大人でいつも余裕のある彼が、子ども心の抜けていない自分を女性として見るなど、想像することすらおこがましいと感じていたから。
仮の恋人になったのもそういうものの対象外だからちょうどいいのだと思い込んだ。
だけど、私は思い違いをしていたのかもしれない。
「なんで?」
千紘さんはちゃんと男の人で、私を〈女〉として見ているのかもしれない。
家族にも友人にもしないキス。
そしてその先の触れ合いを、したいと思っていると言われたわけではなかったけど。
「だめ?」
熱を帯びだその瞳が、彼の欲求を物語っているように見えた。
「……っ……私、こういうの知りません」
こんなこと、知らない。
湿度の高いキスも、心臓がうるさいほどの緊張感も。
男性から触れ合いを求められることも。
そしてそれを嫌がらない自分も。
私は、知らない。
知らないで生きてきたから、どうすればいいのかわからない。
「うん。知ってる」
私が動揺する理由をすべてわかっているかのように、千紘さんは安心させるような笑みを向けてくれる。
いつもの千紘さんの表情にほっとしたのもつかの間で、
「だから、知ってほしい」
揺るぎない瞳が私を捕らえる。
千紘さんは口の前で添えていた私の手を掴んで、私の手のひらに口づけをする。
「っ!」
指先や、手首にも、流れるように唇を落としていく。
素肌に触れる優しいキスがくすぐったいのに、その一方で胸がドキドキして、きゅうっとなるのはなぜだろう。
「……んっ……」
自分のとは思えない、変な声まで出てしまう。
もう、このままだと、おかしくなる。
ただでさえおかしいのに、本当におかしくなってしまう。
「……千紘さん、もう、だめ」
「うん」
返事と行動が伴っていない。
「うん」と理解した返事をしておきながら、千紘さんは私の手に唇を触れることを止めない。
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