第八話 ファーストキス

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 私の手首から指先まで、千紘さんは自分の唇を這わせていく。  「…………っもう、やだ」  恥ずかしい。  こんなことをされるのも、本気で抵抗できない自分も、全部、全部恥ずかしい。  恥ずかしさと情けなさで涙が浮かんでくる。  今にも涙が零れ落ちそうな目で、千紘さんに訴えた。  「……そういう顔は、逆効果なんだけどな」  掴まれた手首にいっそう力が加わる。  千紘さんはぐっとこらえるような表情をした後、俯いて「はああっ」と大きく息を吐いた。  掴んでいた手首を名残惜しそうに離すと、今度は私の体をそっと抱き寄せる。  「……怖かった?」  千紘さんの温かな胸の中。  そこは、今までなら安心できる場所だったのに、今はもうドキドキが止まらない。  千紘さんの言葉を反すうして、考えてみる。  本当は考えなくても答えはわかっていた。  「……」  私は静かに首を横に振った。  怖くなんかなかった。もっといえば、嫌なこともなかった。  あの触れ合いも、湧き上がる感情も、すべて初めてのことばかりだったのに、戸惑いはあってもネガティブな感情は一つも生まれなかった。  だからこそ、止めたのだ。  あの触れ合いがもっと先に進んだ時、嫌がる自分を想像できなかったから。  「僕さ、前に言ったよね」  「……?」  「こっちは大人でいるの必死なんだよって」  「……ぁ、はい」  思わず額にキスをしてしまった時、確かそんなようなことを言われた気がする。  でもそのときは、言葉の意味がよくわからなかった。  「だからさ、簡単に触っちゃだめだよ」  「……」  「男は馬鹿なんだから」  千紘さんは馬鹿じゃないと思うけど、雰囲気的にすぐに訂正することはできなかった。  「触られたら触りたくなる」  「……はい」  触られたら触りたくなるという気持ちは私にもわかる。  自分の好きな人との触れ合いは好きだ。  だけど、千紘さんと私が望む触れ合いは少し異なるのかもしれない。  「だから……これから僕に触る時は十分気をつけて」  「……はい」  「ん。良い子」  そう言って、千紘さんはわたしの額にキスを落とす。  恥ずかしいのに、それが嬉しいなんて、私はやっぱりどうかしてしまったらしい。    ファーストキスは、全身が熱くなるほど恥ずかしかった。  だけど、恥ずかしいだけではなくて。  絶対誰にも言えないけど……本当は、もっと、したかった。  そんなふうに思う自分が怖くなった。  自分が自分でなくなってしまうようで、湧き上がる気持ちに蓋をした。
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