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そして、一歩前に進んで彼女に近づくと、如月さんは普段よりもずっと低い声でこう告げた。
「倉木先生に温情をかけていただいてこの愚行とは。二度と乃々先生に近づかないでください。今日は見逃しますが、次は警察と弁護士を呼びます。私は倉木先生と違って優しくないですよ」
「……っ……」
それまで虚ろな目をしていた女性は、はっと我に返ったように目を大きく見開いて、突然如月さんにすがりついた。
「お願いしますっ! 今日のことっ、倉木先生にはっっ!」
「ええ、言いませんよ。乃々先生に二度と近づかないと、あなたが約束を守ってくださるなら」
「守りますっ。守りますからっ!」
「約束ですよ。では、どうぞ気をつけてお帰りください」
怯えたような顔で如月さんを見つめる女性は、最後まで不安そうな目をしていたけど、最後には如月さんに促されるまま来た道を戻って行った。
女性の姿が見えなくなると、如月さんはくるっと体を回転させて私に向き直った。
「乃々花、ちょっと時間ある?」
「はい」
言われなくてもわかる。
如月さんは今目の前で起こった真実を明かしてくれるようだった。
編集部のすぐ近くにあるレトロな喫茶店に入ると、如月さんは周囲に人がいない一番奥の席を選んだ。
すぐに紅茶とコーヒーを頼んで、飲み物が届くまで如月さんは携帯電話で編集部に連絡を入れていた。
私とすぐ近くの喫茶店にいること、彼女朽木ゆらさんが私の前に現れたことを伝えていた。
飲み物が届くと、如月さんは「はぁ」と一呼吸置いて、話を始めた。
「乃々花と倉木先生が付き合ってるって聞いてから、あたし調べたのよ」
「調べた?」
「あんたはあたしの妹みたいなもんだし、傷ついてほしくなかったから」
なにがなんだかよくわからないけど、如月さんの思いが嬉しくて胸がジーンとした。
「噂じゃなく、倉木先生の本当の評判を調べたのよ」
「ええっ……そうだったんですか」
そんな探偵みたいなことを……いつの間に。
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