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私は何度も頷いて、話を聞き逃さないように如月さんに顔を寄せる。
「朽木ゆらはあたしの大学の後輩が担当していたの」
「はい」
「彼女倉木先生の熱狂的なファンだったそうよ。倉木先生がデビューした当時からずっと倉木先生の作品を追いかけて、倉木先生に近づきたくて作家になったそうなの」
「すごいですね」
「執念よね。で、ある日あたしの後輩の出版社から倉木先生の映像化した作品の小説版が出ることになったの」
「……はい」
「あたしの後輩が悪いんだけどね、それを彼女との打ち合わせの中でさらっと言っちゃったのよ。そしたらその翌日から彼女、編集部に張り込んで倉木先生を待ち伏せするようになったそうよ」
「あの、それって……ス」
「ストーカーよ。完全に」
言いにくいことを如月さんがさらっと言ってくれた。
「あたしの後輩もそれはさすがにまずいって止めたらしいんだけど、彼女はたまたま近くを通っただけだからって言い張って、まともに取り合ってくれなかったらしいの」
「……」
急に喉の渇きを覚えて私は紅茶を一口飲んだ。
「で、ついに彼女の執念が勝っちゃったのよね。編集部に倉木先生が来た時に鉢合わせに成功したの」
「……」
ストーカーでなければよかったねと祝福してあげたいところだけど……。
千紘さんの気持ちを思うとぞっとする。
「で、念願の倉木先生を前にして自分の思いをそれはもう堰を切ったように伝えて……編集部が数人がかりで彼女を引き離したそうよ」
「……情熱がすごいですね」
「まあね、それだけで終われば倉木先生も大目に見てくれたと思う」
結果的に彼女が業界から干されたということは、それで終わらなかったのだろう。
「憧れの人に会えて気がおかしくなっちゃったんでしょうね。彼女、倉木先生の未発表の原稿を盗んだのよ」
「……ええっ!」
思わず大声が出そうになって慌て自分の口を両手で塞いだ。
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