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動揺する私を前に、如月さんは淡々と話を続ける。
「どうやってセキュリティをかいくぐったのか……まあ、配達の人間にでも潜り込んだのか知らないけど。倉木先生が編集部で打ち合わせをするときに彼女も編集部に忍び込んで、ちょっと目を離した隙に小説の原稿を盗んじゃったのよ」
「えっ、でも小説の原稿ってファイルですよね?」
私はイラストレーターだから小説のことは詳しくないけど、今の時代なら原稿はパソコンで書いているはずだ。
「もちろんウェブ上ですべて終わらせることもあるけど、一度原稿をすべて印刷して紙でチェックすることもあるの」
「じゃあそれを?」
「そう。編集部の人間の責任もあるけど……、乃々も知ってる通り、編集部って色んな人が行き交ってるじゃない? 編集者は基本個人作業だから他の人のことなんて見てないし、ましてや他人のデスクの上なんていちいち監視してないし。ていうか、まさか作家が忍び込んで他の作家の原稿盗むとか考えもしないじゃない?」
「はい」
編集部は独特な雰囲気がある。
私は如月さんのところしか知らないけど、基本的にモノがあふれてごちゃごちゃしている。
デスクで寝ている人もいればお弁当を食べている人もいて、同じ部署だけど個人行動という感じだ。
作家やクリエイターも頻繁に来るから、アポイントなく忍び込んでも気づかれなさそうではある。
「で、編集長が慌てて監視カメラをチェックしたら、彼女朽木ゆらがデスクから原稿を盗んでいる映像がばっちり撮られていたわけ」
「……ちょっとしたホラーですね」
「ちょっとどころじゃないわよ。下手なホラーより怖いわよ」
如月さんはふうっと息をついて、話を続ける。
「で、もちろんすぐにあたしの後輩と編集長で原稿を取り返しに彼女の家に行ったそうよ。最初は否定してたらしいけど、母親が出てきて土下座されたって。でもこれはもう完全に犯罪だし、彼女との契約は打ち切り。事態を重く見た編集長は警察に届けるつもりだったらしいけど、倉木先生が若さゆえの過ちだからって内々で済ませてくれたそうなの」
「……じゃあ干されたって」
「そう。倉木先生が彼女を干したわけじゃない。朽木ゆらが自爆して干されただけだったの……小説の部門からしばらく離れてたからあたしは知らなかったけど、一年前にそういうことがあったんだって」
倉木先生に温情をかけていただいてって、そういうことだったのか。
千紘さんは彼女を干すどころか、大ごとにしないように情けをかけていた。
やっぱり千紘さんは噂されるような冷たい人ではなかったのだ。
でもそんなことがあったなんて……。
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