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「では、私はどうすればいいでしょうか?」
「うん。それなんだけど、来週中に父親も呼んで、夫婦で朽木ゆらをオーストラリアに連れて行くって言ってたから、あと一週間か10日くらいはこのまま自宅待機にしてほしいのよ。こんなこと考えたくないけど、彼女が逃げ出してさ、とち狂ってあんたに接触でもしようもんならあたしは後悔してもしきれない」
「如月さん……」
「そんなことがあったら、今度こそ警察呼ぶ。若さゆえの過ち? ふんっ、30近い女に対してなに甘いこと言ってんのよ。んなこと知らねーっつーの!」
今のは千紘さんに対しての皮肉だろうか。
私は千紘さんの処遇を責めるつもりはない。
自分よりも年下で業界の後輩、やり過ぎたとはいえ自分の作品を長年愛してくれたファンなのだ。
人によっては甘いと見るかもしれないけど、私も同じクリエイターだから千紘さんがそうしてあげた気持ちが理解できる。
もしも私が同じ立場でも、きっと千紘さんと同じ選択をしていたと思う。
「ありがとうございます」
だけど、私のことを心配してくれる如月さんの思いは嬉しい。
乃々のことも、乃々花のことも全力で守ってくれる如月さんには感謝しかない。
「別に、これがあたしの仕事だし。お礼なんていいのよ。それにっ、こーやってちょこちょこ恩売っとけば、あんた他の会社と契約しないでしょ」
如月さんはニヤリと悪い笑みを浮かべる。
そんなことしなくても、私が他の会社とは契約しないことはわかっているくせに。私に負い目を持たせないようにわざとそう言ってくれてることなどわかっている。
「そんなことよりもっ、あんたさダーリンにはなんて言ってんのよ」
重い空気を変えるように、如月さんが弾んだ声で私に問う。
「ダーリンって……千紘さんのことですか?」
「むしろそれ以外に誰かいんの?」
「いませんよっ」
何人もダーリンがいるならそれは多分私じゃない。
私の体を乗っ取った別人だ。
「メッセージはやり取りしてます。千紘さんには、また時間のかかる仕事が入ったと伝えているので、電話はしていませんし、きていません」
騙しているようで心苦しかったけど、千紘さんには大きい仕事が入ったからしばらく忙しいと伝えていた。
翌日からまた〈ごはん食べてる?〉、〈休憩はさんでね〉といった私を気遣うメッセージが届くようになって、ますます罪悪感が募ったけど、千紘さんを守るためだと思ってぐっとこらえた。
また前のように気を利かせてもらうと悪いので、〈今回は如月さんがごはんを届けてくれるので安心してください!〉とメッセージをして、まごころ弁当には行かないことも伝えてある。
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