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「今週もなんとかそうやって乗り切ってちょうだい。今月末には解決する、っていうかさせるから!」
「はい。すみませんが、よろしくお願いいたします」
「いいのよ。あたしたちだって倉木先生と乃々にもしものことがあればとんでもない損失だもの」
「あははっ。なんかそう言ってもらえると気が楽です」
会社としての利益を守るために自分が守られていると思うと、如月さんや編集部のみなさんに対する罪悪感もが小さくなる。
「じゃあまたすぐ来るから。何か必要なものがあれば連絡して」
「はい。ありがとうございます」
如月さんを見送って、食器を片付けた終えた後、リビングのソファにごろんと寝転がった。
千紘さんと最後に会った日からもう一週間以上が過ぎていた。
最後に会ったのは、千紘さんの家に泊まった日。
夜、キスをした後、どうしたらいいかわからずそわそわしている間に強烈な眠気が襲ってきて、気づいたら私はベッドの上にいた。
自分で客間に行った記憶はないから、千紘さんが運んでくれたのだろう。
朝というか昼に起きると、これまた王様の朝食が用意されてあって、キスをしたことなどすっかり忘れてごはんを食べることに夢中になった。
帰りは千紘さんの車でマンションまで送ってもらったけど、千紘さんはいつも通りだった。
キスしたことなど、なんでもないような様子に見えた。
それから、会っていない。
「……」
ぼーっと天上を見上げながら、あの夜の触れ合いを思い返した。
皮膚が触れ合うだけのキス。
お互いの皮膚がぴったり重なり合った湿度の高いキス。
恥ずかしくて、ドキドキして、心臓が変な音を立てていた。
全部初めてのことだったのに、嫌な気持ちも、怖い気持ちも、何ひとつ生まれなかった。
優しくて、心地よくて、胸が切なくて……幸せだった。
「……」
そう、幸せな気持ちだったのだ。
ずーっとドキドキしていたけど、心は満たされていた。
「…………キス、したいな」
今度は額ではなく、あの柔らかな唇に、キスをしたい。
そういうことに縁のない人生を過ごしてきたから、こんなふうに思う自分がいるなんて、今もまだ信じられない。
千紘さんにキスをしたくなる魔法にかけられてしまったかのようだ。
これからは十分気をつけてほしいと念を押されたのに、千紘さんに触れたい。
朽木ゆらの件で、しばらく会えなくなると分かった時、この気持ちも落ち着くだろうとどこかでほっとしていた自分がいた。
自分らしくない自分が、怖かった。
恥ずかしかった。
こんな感情を抱く自分など、自分らしくない……と。
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