最終話 特別な気持ちの正体

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 「……千紘さん」  だけど、千紘さんと会えない時間はかえって彼への思いを強くさせた。  会いたい。  触れたい。  キスをしたい。  あの大きな腕に優しく抱きしめてもらいたい。  千紘さんが大好きだからそう思うのだろうけど、同じ好きな人でも、母や如月さん、みやびちゃんには彼に抱くような感情は湧かない。  好きな人には会いたいと思うし、抱きしめたいとは思うけど……キスをしたいと、もっと触れ合いたいと思うのは――千紘さんだけ。  どうして千紘さんだけ、特別なんだろう。  「……スー……スー……」  そんなことを考えていたら、頭が疲れて、自然と眠りについていた。    ――次に目覚めた時、外はもう暗くなっていた。  12月のスケジュールを確認しようと手帳を開いて、今年がもうすぐ終わってしまうことに改めて驚いた。  高校を卒業して、社会人になってから、一年が早い。  新年を迎えて、春がきたと思ったら、夏が訪れ、涼しくなったと喜んでいたら、あっという間に年末だ。  大人になると、時が過ぎていくのが早い。  「ぁ……」  ぼんやりとそんなことを思って、ふと千紘さんに言われた言葉が頭をよぎった。  『脚本会議は来年の1月から始まるから、それまででいいから。お願いできるかな?』  今年が終わるということは、期限付きの恋人も終わるのだ。  来年にはもう私は千紘さんの恋人ではなくなる。  彼にとって私は、その他大勢になるのだ。  「……」  業界の後輩? 自由業仲間? ごはん友達?  どんな関係性に戻るのかはわからないけど、もう彼の特別ではなくるのだ。  「……やだ」  思いが自然と言葉になった。  彼の特別ではなくなることが、嫌だと思った。  千紘さんの恋人になってからの楽しかった日々が、幸せだった時間が蘇ってきて、胸が苦しい。  もうああやって一緒に過ごすことができなくなるかと思うと、たまらなく辛い。  「……やだよ」  〈楽しいこと、美味しいこと、幸せなこと〉、私が人生の選択において重要視しているすべてが、千紘さんとの時間に詰まっていた。  それが来年からはもう無くなってしまうと思うと、悲しくて、苦しくて、子どもみたいに泣きたくなってくる。
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