第一話 お神との出会い

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 今、お財布にいくら入っていたかな……。  カードは上限がないけど、いくらなんでもカードを置いていくわけにはいかない。  いちいち現金を下ろしに行くのが面倒で、いつもお財布には多めの現金を入れていたけど足りるだろうか。  もちろん、今日の御恩をお金だけで解決するつもりはない。  精神誠意、自分ができることを考えてお返しをするつもりではいるけど、ご馳走になったお惣菜や作ってもらった食事、部屋を貸していただいたことなどに対する対価はきちんと支払わなければならない。  「もうそろそろ着くよ」  「はい。あの、本当に私なんと言っていいのか。ありがとうございますと何度お伝えしてもしきれません」  「だからもういいから」  小さく笑いながら私を軽くあしらう千紘さん。    この人はきっと受け取ってくれないのだろう。  彼の人となりをすべて知っているわけではないけど、一時間近く一緒にいて、御礼を受け取ってくれるような人ではないことはわかった。  だけど、それでは私の気持ちが収まらない。  私は千紘さんに気づかれないよう、かばんの中にあるお財布から現金の束を全て抜き取って、ハンカチに包んだ。  束の厚みからして20万円くらいはあったと思う。  そして、マンションの前にゆっくりと車が停まった。  「無理しない程度に頑張ってね」    「はい。肝に銘じます」  「お腹が空く前に、ごはんを用意することも忘れずに」  「はい。そうします」  「これからもまごころ弁当をよろしくね」  「はい。もちろんです」  「……」  「千紘さん?」  千紘さんは急に黙り込んでしまった。  どうしたのだろうと顔を覗き込むと、顔を上げた千紘さんと目が合った。  「……ごめん。なんか、自分でもわからないけど、乃々花ちゃんと離れるの寂しいなって思ってる」  「そうでしたか。なぜでしょう?」  「ね。なんでだろう……自分でもよくわからないんだ」  「でも千紘さんには御恩がありますので、必ずまたお会いしたいです」  「だからそれはもういいって言ってるでしょ? だけど、僕もまた乃々花ちゃんに会いたい。君のことをもっと知りたい」  千紘さんの真っ直ぐな眼差しが私をとらえる。
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