最終話 特別な気持ちの正体

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 気持ちがずーんと落ち込んで、大きなため息が出かかった時だった。  携帯電話から着信音が聞こえて、相手も見ずに電話をとった。  「……はい。もしもし」  《乃々花ちゃん?》  その声を聞いただけで、どんよりしていた気持ちが、虹がかかったように晴れやかになった。  「千紘さんっ」  《久しぶりだね。元気……じゃないみたいだけど、大丈夫?》  「えっと……今元気じゃなかったんですけど、千紘さんの声を聞いたら元気になりました」  自分でも驚くほど、心が弾んでいる。  《また嬉しいことを……でも……僕も同じ》  「えっ?」  《乃々花ちゃんに会えなくて、電話も我慢してたから、元気じゃなかった》  「……そうだったんですか」  千紘さんも私と同じ気持ちだったんだ……。  元気じゃなかったと言われて、申し訳ないのに……嬉しいと思うなんてダメだな。  《だけど、君の声を聞いたらちょっと元気になった》  「良かったです」  《……声聞いたら、会いたくなっちゃったなぁ》  「えっ」  千紘さんの寂しそうな声に、ドキッとした。  《ごめん。仕事忙しいのに》  「……いえ」  嘘をついている罪悪感で胸が痛い。  私だって、会えるものなら今すぐ会いたい。  《あのさ、ちょっとだけでも会えないかな?》  「えっ」  《5分だけでいいから。だめかな?》  「……えっと」  自分がどうするべきか迷った。  千紘さんには会いたい。すごく会いたい。  だけど、如月さんからはすべて解決するまで一歩も外に出てはいけないと言われている。  千紘さんにマンションに来てもらえばいいのだろうけど、もしも彼女が現れたら千紘さんが危ない……。  千紘さんに会いたい気持ちと千紘さんを守りたい気持ちがせめぎ合って答えが出せない。  黙ったまま考え込んでいると、  《ごめん……集中途切れさせたくないよね》  「えっ……」  《同じクリエイターなのに、理解のないこと言ったね》  「えっ、やっ、そうじゃな」  《邪魔してごめんね。でも体だけは大切にして》  「千紘さ」  《声が聞けて良かった。また連絡するから》  「えっ、あの」  《じゃあまたね》  「えっ、ぁ」  私の返事をほとんど無視するようにして、千紘さんは自分の言いたいことだけ言って、電話は切れてしまった。
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