最終話 特別な気持ちの正体

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 編集部に着くと、ビルの前に如月さんと2人の男性が待ち構えていた。  如月さんにはマンションを出発した時に連絡を入れたから、恐らく私が来るのを出迎えてくれたのだろう。  恐縮したままタクシーを降りると、すぐに如月さんが駆け寄ってきた。  「すみません。早々に来ていただいて」  他の人の手前、如月さんは外用の口調だった。  「こっちが私の後輩の野口で、隣が〇〇出版の編集長の山本さんです」  如月さんに紹介されて、30代くらいの男性野口さんと、40代くらいの男性山本さんが私に頭を下げた。  「乃々先生、このたびは申し訳ありませんでした!」  野口さんが体を深く折り曲げて、私に謝罪する。  「いえっ、大丈夫ですから。頭を上げてください」  ビルの玄関の前で急に謝罪をされて、おろおろする私をよそに、野口さんの隣にいた山本さんも私に体を向ける。  「このたびはこちらの不手際で乃々先生に多大なご迷惑をおかけすることとなり、大変申し訳ありませんでした」  山本さんからも謝罪をされて、私はひたすらに頭を横に振った。  自分よりもずっと年上の男性二人からこんなことをされると、恐縮してしまう。  せめてビルの中に入ってからにしてほしかった、とは言えない。  「あの、本当にやめてください。私はなんともありませんでしたし、すべて解決したのですから謝らないでください」  野口さんと山本さんだって被害者だろうに。  如月さんだけでなく、野口さんと山本さんの協力があったらからこそ、誰も傷つくことなく解決したのだ。  「解決に向けて動いてくださりありがとうございました」  私は二人に向けて頭を下げた。  でもそのせいで、野口さんと山本にさらに深く頭を下げられてしまって、どうしようかとおろおろしていると、私の背後で予想もしていない人の声が聞こえた。  「それは、どういうことですか」  低く厳しい声色でも、すぐにわかったのは、その存在を渇望していたからだと思う。  野口さんと山本さんががばっと顔を上げた後、私もゆっくりと後ろを振り返った。  「すべて説明してください」  そこには、冷ややかな表情を浮かべる千紘さんが立っていた。  久しぶりの再会に尻尾が回転してきゅーんと飛びついてしまいそうになる気持ちが一瞬で消えてしまうほどの、静かな怒りを秘めた瞳だった。
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