最終話 特別な気持ちの正体

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 そうか……。  倉木さんが言ってたのは、このことだったのだ。  『あの子は、私のせいで女性に対して良いイメージを持っていなかったからね』  あの日、寂しそうな目でそう言った倉木さんの顔は今も忘れらない。  「それから……なんとなく、大人の女性に対して嫌なイメージがこびりついて……特に、自分に好意的な感情を向けてくる女性に強烈な嫌悪感を抱くようになった」  自分の母親と重ねてしまうのだろう。  千紘さんがそうなってしまう気持ちは、私も十分理解できた。  もしも、想像だってしたくないけど、私の父が生きている時に千紘さんのお母さんと同じような過ちを犯したとしたら……私は父を許さない。  軽蔑して、嫌悪して、二度と顔も見たくないと思う。  そして千紘さんと同じように、他の男性に対しても不信感を抱くようになると思う。    そう思うのは、私が母が大好きだから。  それと同じように、父のことも大好きだから。  二人に対して強い思いを持っているからこそ、冷静でなどいられない。  なんとも思っていない相手なら、たとえ想像だけでも、こんなふうに感情を揺さぶられたりしない。  だからきっと、千紘さんがそう思ってしまうのも、倉木さんのことも、お母さんのことも大好きだったからなのだろう。  「後悔させたかった。あの人に、自分のしたことを一生後悔させたくて……父さんと何不自由ない幸せな生活をしようと決めて、最初は医者を目指したんだ」  「……えっ」  そうだったんだ。  千紘さん、お医者さんを目指していたんだ。  初めて知る事実に、気づいたら声がもれていた。  「すごい安直な考えだよね。人を救いたいとかそういう理由じゃなくて、社会的に立派だとされる職業に就いて父さんと幸せに暮らせば、あの人が家族を裏切ったことをひどく後悔すると思ったから」  「……」  安直だなんて思わない。  それにきっと、お母さんを見返したい気持ちだけじゃなかったと思う。  千紘さんは、自分の気持ちだけでなく、倉木さんが抱いていたであろう悔しさや憤りを、自分が立派になることで晴らしてあげたかったんじゃないかな。  「学生の間は勉強だけして、医大に入った。もともと文章を書くことが好きだったから、勉強の合間に息抜きもかねて小説を書いて……それからは、前に説明した通り。脚本家の仕事があまりにも忙しくなって、両立は無理だなってすぐに思って、大学は中退して、脚本家の道を選んだ」  「……そうだったんですね」  そんな経緯があったなんて……。  医療系のドラマを書いているのはそういう理由だったのか。  初めて知る千紘さんの一面に、嬉しいやら切ないやらで、心がこんがらがっていた。  「物語を考えるのが好きだったのはもちろんだけど……脚本家の方が当たった時の収入も大きいだろうし、名前も広く知れ渡るだろうと思った。すべて、あの人への当てつけだよね」  千紘さんは皮肉っぽく笑った。  「……」  本名でやっているのは、そのためだったのかな。
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