第一話 お神との出会い

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 「はい。また、お会いしましょう」  「うん。約束だよ」  「はい。もちろんです」  「じゃあこれ……」  千紘さんはそう言って、上着のポケットから小さなメモ帳を取り出すと、素早くペンを走らせた。  「連絡先書いたから、落ち着いたら連絡くれる?」  「はい」  「良かった。じゃあ……今日は、ありがとう」  「えっ? お礼を言うのは私ですよ」  「ううん。僕にも言わせて。こんなに笑ったの久しぶりだったから、本当に楽しかったよ」  そういえば今日、千紘さんはずっと笑っていたような気がする。  私のとんちんかんなところがそんなに面白かったのだろうか。  誰に対しても優しく微笑んでそうな人だから、『久しぶりに笑った』という彼の言葉は意外で、この時はただのリップサービスくらいにしか思っていなかった。  「私も、美味しかったですし、嬉しかったです。こんなに幸せなごはんは久しぶりでした。本当に心から感謝しています。この御礼は必ず」  「また言ってる」  「では、すみません。おやすみなさい」  千紘さんに気づかれる前にハンカチに包んだ現金を置いて、何か言われる前に、逃げるようにマンションの中に駆け込んだ。  これが五穀豊穣のお神――倉木千紘さんと、私――柴咲乃々花の出会いである。
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