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「取材旅行から帰ってきてその足で父さんの店に行ったときが一度目だね。今夜のおすすめ品がたまたま一つあまっていて、かごに入れたらものすごい視線を感じてね。はっとして視線の先を辿ったら、この世の終わりみたいな顔してこっちというか今夜のおすすめ品を見ている子がいたの。それが君」
「……ああっ!」
思い出した。
「新生姜と鳥胸肉のさっぱり煮!」
「あははっ、すごい。そこは覚えてるんだ」
「もちろんです! 譲って下さった親切な方がいたんです! えっ、あれ千紘さんっ!?」
「そうですよ」
「あわわわ」
なんてこった……。
千紘さんという認識はなかったけど、その日のことはちゃんと覚えている。
今夜のおすすめ品は開店一時間後にはなくなってしまうから、早めに行ったのに最後に手にした人の分で終わりで。
いいなぁ、羨ましいなぁ、あと一歩だったのになぁと、その人の手にある新生姜と鳥胸肉のさっぱり煮をいつまでも眺めていたら、
『もしよければどうぞ』
と、その人が譲ってくれたのだ。
私にはその人に後光が差して見えたから、顔ははっきり覚えていなかった。
東京にこんなに親切な人がいるんだと感動した覚えがある。
「僕はメディアにも顔を出しているから、視線を感じた時に気づかれたかなって思って警戒したんだけど……君は僕の顔なんて全く見ていなくて」
「あはは……」
過去の自分に乾いた笑いしか出てこない。
「どうぞって譲った時に、『あなたは神様ですか? ありがとうございます!』って、満面の笑みで言われて……そんな純粋な笑顔を女性に向けられたの本当に久しぶりで……なんか、すごく嬉しかったんだ」
千紘さんは当時を思い出しているのか、本当に嬉しそうな声で私の頬に顔を寄せる。
「その後から、気づいたら君のことが気になっていて……また会えないかなって思って、何度か店に足を運んだりしたんだよ」
「ええっ、そうだったんですか?」
「うん。わざわざ何度も店に来ると父さんが不審がるだろうから、打ち合わせの帰りだってその都度父さんに嘘ついたりしてね」
「……なんと」
千紘さんがそんなことをしていたなんて、びっくりして、未だに信じられない。
「それから一か月くらいしてかな、期待せずに閉店間際に行ったら、君がいた」
「おお!」
全く覚えていないけど、なんだか感動してしまった。
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