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縁側に出て、ぐで~っとしている風太郎のそばに座った私は、千紘さんにもらったメモ用紙を片手に、電話番号を入力していく。
ちょっとだけ緊張しながら、発信画面を押した。
電話は、5コール目でかかった。
《はい。倉木です》
あれ? かけ間違えた?
倉木ですと名乗っているのに、すぐにそう思ってしまったのは、電話越しの男性の声があまりにも冷たかったから。
とてもあの日私にご馳走を振る舞ってくれた五穀豊穣のお神とは思えないような、温もりを感じない声。
だからすぐに言葉が出てこなくて、《もしもし》と、不機嫌そうにも聞こえる彼の声をぼーっとした頭で聞いていた。
《…………乃々花ちゃん?》
あ、お神の声だ。
間違いではなかったようだ。
確かめるように私の名前を呼んだ声は、あの日と同じ優しい声だった。
「千紘さん?」
《やっぱり乃々花ちゃんだ。連絡待ってたんだよ》
「すみません。遅くなりました」
いくら空気の読めない私でも「へへ、すっかり忘れていました~」とは言えなかった。
《君お金置いてったでしょ? それもあんな額を……まったく》
呆れを含んだ低い声にあわわと慌ててしまった。
「すみませんっ。あの時は手持ちがあれしかなくて……」
《そういう意味じゃない!》
「へ?」
《あんなお金を払ってもらうほどのディナーは用意してないってこと》
「すみません。だけど、私にはそれ以上の価値がありました」
諭吉20枚では全く足りないほどの、美味しさと優しさをもらった。
《……そう言ってもらえるのは嬉しいけど。あれはもらえない。まったく……35年間生きてきて女性から現金の束をもらったの生まれて初めてだよ》
「ごめんなさい」
35年間……千紘さんは35歳ということか。
見た目からして20代後半くらいで、若いのに落ち着いている人だなと思ったけど。
そうか、一回りも年上だったのか。
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