第二話 再会の乾杯

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 「……大人だ」  大人の女性に見えることが嬉しくて、そしてちょっとだけ切くなった。  大人になりたくないわけじゃないけど、心が年齢相応に成長している実感がないから、見た目の成長を目の当たりにすると焦りに似た感情が湧いてくるのだ。  鏡に映る女性は、多分23歳に見える。  だけど、私の心は中学生くらいで止まっている。  思春期と呼ばれる時期に学校にまともに通っていなかったのも大きいだろうし、その後一般社会にも出ていないから、当然といえば当然ともいえる。  だけどこの生活も、今の自分も、変わりたいとは本気で思っていないところが厄介なのかもしれない……。  「はっ、急がなきゃ」  時計を確認するともうすぐ19時になるところだった。  バッグを持って急いで部屋を出た。  パンプスなんて久しぶりに履いたから、歩き方がおかしくなってしまう。  ヒールのある靴を最後に履いたのは、去年出版社のパーティーに呼ばれた時。  エントランスホールを出ると、あの夜乗せてもらった黒のセダンが停まっていた。  そしてその車に寄りかかるように立つ、美しい人。  ……お神。  そうではないとわかっているのに、神々しいくらいに綺麗な人だから、私の脳内は彼を人間であると納得してくれない。  見た目も心も美しいなんて、そんなのもう神様でいいじゃないか。  なんてことを思っていると、不意に顔を上げた千紘さんと目が合った。  「あっ」  思わず右手を上げて、ふりふりしてしまった。  我ながら馴れ馴れしいなと思ったけど、初対面であんな醜態を晒して今さら恥じらうのも変だと思って、不要なためらいは捨てることにした。  慣れない靴のせいで遅くなる歩みで、千紘さんに近づいて行く。  千紘さんは、そんな私をまじまじと見つめていた。  「こんばんは。お待たせしました」    「……乃々花ちゃん、だよね?」  千紘さんのすぐ目の前まできて挨拶をした私に確認するかのように私の名前を呼ぶ。  最後に会った日から一週間経ったから、忘れられたのかな。  「はい。私があの夜千紘さんに助けていただいた柴咲乃々花です」  私が張本人ですと自信を持って答えた。  「いや知ってるから。そういうことじゃなくて……」  「はい?」  じゃあどういうことでしょうか。  首を傾げている私に、千紘さんがふわりと笑う。  「……すごい綺麗で、びっくりした」  「あ、りがとうございます」  そういえば、千紘さんと初めて会った夜の私はひきニートのような装いだった。  仕事終わりの私は髪の毛もぼさぼさで、デニムにパーカーという格好も高校生くらいに見えたかもしれない。  あの夜の私と今の私は、自分で見ても芋虫とモンシロチョウくらいは違う。  千紘さんが必要以上に驚くのも無理はないだろう。
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