第二話 再会の乾杯

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 「いつもそんな雰囲気なの?」  「いいえ。全く。普段は芋虫のようにしています」  「芋虫って……全く、君ときたら」  千紘さんはくだけた表情で口元に手を当てる。  千紘さんは今日も綺麗だ。  「今日は千紘さんに恥をかかせまいと気合を入れておめかししました」  「……そうなんだ。僕のためにね」  「はい」  「嬉しいこと言ってくれるなぁ」  千紘さんは目を細めて私をじっと見つめる。  少し恥ずかしくなるほどに。  「行こうか。車乗って」  千紘さんは助手席のドアを開けて、私を促した。  「失礼します」  車の中に乗ると、ほのかにシトラスの香りが私を迎えてくれた。  これは車の芳香剤ではなく、千紘さんの香りだ。  さっき会った時に気づいたけど、千紘さんからは香水なのか柔軟剤なのか、心安らぐ良い香りがする。  密室空間だから、車内にも香りが残っているのだろう。  前回は香りのことなど全然気づかなかった。  あの夜は色々なことがありすぎて五感が正常にまわっていなかったようだ。  千紘さんは運転席に座ると、「じゃあ行こうか」と言って――車は発進した。  今日はどこへ行くのだろう。  正直、お腹はぺこぺこだ。  「鎌倉が実家なの?」  またお腹の獣が鳴かないか不安でそわそわしている私に千紘さんが尋ねる。  「はい。3年前に実家になりました」  「3年前? 引っ越したってこと?」  丁寧な運転なのに、喋る余裕があるなんてすごいな。  さすが神に最も近い人間。  「はい。私が母にプレゼントしたんです」  「プレゼントって……鎌倉に家を?」  「はい」  赤信号で車が停まると、千紘さんが私に顔を向ける。  「ごめん。乃々花ちゃん、年齢聞いてもいい?」  「はい。今年23歳になりました」  「……うん。それくらいだよね」  考えるような顔をしてまた前を向く千紘さん。  千紘さんが考えていることはなんとなくわかる。
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