第二話 再会の乾杯

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 23歳の小娘が鎌倉に一軒家をプレゼントするなんてどういうことだろうと不思議に思っているのだろう。  鎌倉の家を一括で買った時も、マンションを借りる時も、今の千紘さんよりもっもと露骨な顔で不動産屋さんにじろじろ見られたから。  そのたびに、自分の仕事を正確に伝えた方がいいのではと迷った。  私は自分の仕事を他人に伝える時、イラストレーターということは伏せていた。  それを伝えれば、ではどんな作品を描いているのかと尋ねられてしまうから。  作品にはそれぞれの世界観がある。  自分が作者だと伝えることで、作品の世界が崩れるようなことがあってはいけない。  こんな人が描いているんだと、先入観を持ってほしくない。  だから、サイン会やトークショーの依頼も来るけど、そういった顔出しの案件は全て断ってもらっていた。  世に出た作品は、その時点でもう作者だけのものじゃない。  自分の作品に関わることでも、自分の好き勝手なことはできない。  作者の私よりも、私の作品を大切に思ってくれる人がいることを知っているから。  だから、自分の仕事を伝える時は――自由業です。クリエイターです。と答えていた。  千紘さんの抱いているであろう疑問はわかっていたけど、明確に答えることはできなかった。  「千紘さんは、35歳っておっしゃってましたよね」  「ああ、うん。そうだよ」  「もっとお若く見えました」  「あはは。よく言われる。社会にもまれてないからかな」  千紘さんも自由業で在宅のお仕事だから、なんとなくその感覚はわかる。  芋虫と神を同じにするなんて厚かましいけど、仕事の時間も休みの時間も自分で決められる働き方は私と一緒。  それだけのことが、なんだか嬉しい。
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