第二話 再会の乾杯

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 私はもともと友達も少なくて、高校を卒業して本格的にこの仕事に就いてからは、生活が不規則で時間が合う人などいなかった。  頻繁に会う人と言えば、母と如月さんくらいで、一般企業に就職した友達とは休みが合わなくて気づけば疎遠になっていた。  出版社のパーティーで意気投合したイラストレーターの仲間もいるけど、たまにメッセージをやりとりするくらいで、時間を作ってまで会おうとはしなかった。  社会人になって、誰かのために会う時間を作るのは意外と難しいことを知った。  一日のほとんどの時間は仕事が占めていて、それ以外の時間でごはんを食べて、趣味の時間を楽しんで、体を休める。  人によっては、もっとやることがあるかもしれない。  そうやって自分が健やかに生きるために時間を使っていると、自分以外の誰かと会う余裕がなくなる。  もしあるのだとしたら、それはきっと、自分が健やかに生きるために必要な人なのだと思う。  食べる時間、眠る時間、趣味の時間が少なくなっても、かまわないと思える相手。  自分にとって心の充足が得られる相手。    千紘さんが私に対してそう思ってくれているかはわからないけど、少なくとも私は時間を作って会ってくれたことが、すごく嬉しかった。    「いい年のおじさんなのに、貫禄ないよね」  「えっ?」    赤信号で車が停まる。  都内の信号は進んだかと思えばすぐ赤信号になる。  「千紘さんはおじさんじゃないです」  「ん?」  私の独り言のようなつぶやきが聞こえなかったのか、千紘さんが首を傾げて私を見る。  「千紘さんはおじさんじゃないです。こんな美、かっこいいおじさん私見たことないですっ。千紘さんはナイスガイです!」  この世にこんなに美人なおじさんなど存在するものか。  さすがに男性に美人と言うのは失礼な気がして、かっこいいと言い直したけど。  千紘さんは、肌も髪も綺麗で、スタイルもよくて、お腹も出てない。  おまけに、いいにおいもする。  彼には私がイメージするおじさん要素が一つもない。  貫禄とかはよくわからないけど、〈おじさん〉ではない。絶対に。  「……ん。ありがとう。そんなに力強く言われると、照れる」  千紘さんは目線を前に戻して、口元に手を当てる。  「本当のことですから。これは国民の総意です!」  「ははっ、なんだそれ」  千紘さんはおかしそうに笑う。  本当に、よく笑う人だ。  声を上げて笑っていても品がある。  神に一番近い人間だから?  この笑顔を見ているだけでご利益がありそうだ。  私はこっそりと心の中で拝んでおいた。
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