第二話 再会の乾杯

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 なんだかんだで、私は三段重の豪華なお弁当を完食した。  自分で思っている以上に私のお腹の中には広いスペースがあるようだ。    胸がいっぱいで食べられないと言ったのはどの口だ。  私の心と食欲はあまり密接な関係ではないことがよくわかった。   千紘さんもあれ以降は何事もないように普通に戻って、終始楽しそうにしていたように思う。  相変わらず、笑わせることなど一つも言っていないはずなのに、千紘さんは笑っていた。  お腹も心も満たされて、お酒は一滴も飲んでいないなのに、今日という日に私はすっかり酔いしれていた。  楽しい時間はあっという間で、気づいたら車はマンションの前に着いていた。  「本当に楽しかったです。誘ってくださってありがとうございました。それに、ご馳走さまでした」  いつお会計をしたのか、ご馳走になってしまった。  本来ならこちらがご馳走する側なのに申し訳なくて、帰りの車中でも謝ってしまった。  「ううん。こちらこそ……僕も楽しかった、本当に」    「じゃあ私は……」  名残惜しいと思うなんて図々しいな。  この人はきっと、本来なら私なんかが手を伸ばしても届かない天界に住んでいるような人だろうから。  もしくは、社会的に会うことは良しとされない組織の人。    それでもまた会えたらな……なんて気持ちが自然と生まれるくらいに、千紘さんと過ごす時間は楽しかったのだ。  いつまでも引き止めては申し訳ないと思って、助手席のドアに手をかけた時だった。  「次、いつ会える?」  その言葉にばっと振り返った。  次も、あるの?  「あれ、返したいし」  あれとは恐らく私がハンカチに包んで置いていった生々しいもののことだろう。  そうか……あれを返すために会いたいということか。  一瞬でも、千紘さんがまた私に会いたいと思ってくれたなんて、身の程をわきまえない勘違いをしてしまったことが恥ずかしい。  「いいえ。あれは返さなくて結構です。一度千紘さんにお渡ししたものですので、返していただいても受け取りません」  「だめ。返すよ。女性からあんなもの受け取れない」    「返さなくていいです。私は受け取りません。どうかお納めください」  絶対に引き下がるものかと、強い姿勢を見せる。  現段階で、私ができることはあれしかないのだ。  千紘さんにも私の強い意思が伝わったのか、大きく息を吐いて、表情を緩めた。  「じゃあさ、あれでまたごはん行くのは?」    「えっ……」    「二人で使うってのはどう?」    「……でも」  そんなことのために千紘さんの時間をこれ以上奪うのは恐れ多い。  私には考えも及ばない場所で生きているような人の時間を、私とのために使ってもらっていいのだろうか。
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