第二話 再会の乾杯

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 「はっきり言わないとわからないかな?」  「はい?」  「あれを返したいっていうのはただの口実で、また君に会いたいって言ってるんだけど」  千紘さんは少しむすっとした顔をしていた。  「……ぁ……そう、だったんですね」  あれを返すためは口実……か。  千紘さんもまた私に会いたいと思ってくれていた。  千紘さんの「会いたい」の言葉が、何度も頭の中で繰り返されて、胸の中がくすぐったい。  「嬉しいです。また会えたらいいなって、私も思っていました」  「僕に気遣ってない?」  「はい。全く」  たとえその場の空気が悪くなっても自分の嫌なことは明確に意思表示をして生きてきた。  千紘さんがその筋の人であっても、それは関係ない。  「ふふっ、そっか。君が言うならそうなんだろうね」  「すみません。少しは気を遣うべきでしたね」  もう少し言い方があったかな。  同じ答えでも言い方によってマイルドになるのに。  否定したいことはすぐに否定したいし、肯定したいことはすぐに肯定したくなるから、つい言葉がシンプルになってしまう。  こういうところが子どもだなぁと自分でも思う。  「ううん。やめて」  「えっ?」  「僕への気持ちを僕に忖度することはしないでほしい」  「……はい。しません」  「僕は、回りくどい会話も好きじゃない」  「……はい。しません」  「また会ってくれる?」  「はい。私も千紘さんに会いたいです!」  忖度なんてしない。  どうやってソフトな言い回りにしようかとも悩まない。  少なくとも、千紘さんにはこのままの私でいいのかな。  私も、千紘さんにまた会いたいです。  「…………」  「千紘さん?」  千紘さんの表情が張り付いたようにピタッと止まる。  私はまた何かとんちんかんなことを口走ったのだろうか。  そわそわしている私に、ため息交じりの声が届いた。  「……なんか、乃々花ちゃんが可愛くて仕方ないんだけど」  「……」  思わず固まってしまった。  嫌だったというわけではなくて、単純にどうして返していいのかわからなかったのだ。  もしかして、からかわれているとか?  「……そんな何度も可愛いと言われると、照れます。嬉しいですけど、恥ずかしいです」  「うん。ごめんね。でも、言いたくて」  じりじりと背中に汗がにじむような空気だった。  息をするのもためらうような緊張感から逃げるように、「で、では私は」と告げて、車のドアを開けた。  「また連絡するから」  「はい!」  「今日はありがとう。おやすみ、乃々花ちゃん」  「おやすみなさい」  千紘さんに頭を下げて、マンションの入り口に走った。  慣れないパンプスでつまづきそうになったけど、なんとか堪えて、玄関に入った。  これが、千紘さんと過ごした二度目の夜。  呼吸をするのも憚られるような空気感を、私はその夜初めて知った。
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