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「先週です。どこかはわからないんです。地下駐車場からお店に入ったので、どこにあるかもお店の名前もわからなくて」
「なにその隠れ家的な店。絶対高級店じゃないのっ。一体誰とそんなとこ行ったのよっ!」
「誰って……」
千紘さんのことを話してもいいのかな……。
彼は私が名前を尋ねた時、自分の名前を教えるのをためらっているように見えた。
あんな豪邸に住んでいて、政治家や財界人が利用するお店を使うことができるような人だ。
ただ者ではないことは私にも察しがつく。
恐らく千紘さんは――鉄砲玉が飛び交う世界で生きている人。
そう結論付けると、色んな事に合点がいくのだ。
となると、ここで本当のことを如月さんに言うことはできなかった。
「……恩人です」
「恩人? なんの?」
「空腹で倒れた私に救いの手を差し伸べてくださった神様のような方です」
たとえ生きる世界が違えど、私にとって千紘さんは恩人だ。
「あー……あんたまたファンタジーの中にいるの? さっさと戻ってきなさい。じゃあドレスもファンタジーの中で着たってことなのね? そう。そうなの」
「えっ、違います」
「わかったわかった。もういいから。あんた休みなさない。ほら、もう帰るわよー」
本当のことなのに……。
如月さんは私が現実と妄想の区別ができなくなっていると思ったようだった。
私は違うと否定したし、如月さんが勝手に勘違いしたのだから、もう知らない。
帰りのタクシーの中、如月さんは私を労わるような目を向けて、マンションに着くまでずっと頭を撫でてくれた。
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