第三話 神様の正体と予期せぬお願い

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 「ふう……」  「大丈夫ですか? 少し休みます? それとも新しい飲み物を持ってきましょうか?」  「いいえ。大丈夫です。如月さんは、」  お腹空いてないですかと尋ねようと思ったのに、彼は私ではなく違うところに視線を向けていた。  「へぇ、来たんだ」  そして、少し驚いたような独り言をつぶやく。  「どうしたんですか?」  気のせいでなければ、会場がざわついているような……。  「箔をつけるために呼んだんだろうけど。あの狸爺、一体どんな手を使ったんだか」  会場は騒然としていたから大丈夫だと思うけど、如月さんのつぶやきは私にだけははっきりと聞こえていた。  「あの、如月さん、何があったんですか?」  「大先生が来たんだよ。普段めったに人前に姿を見せない大物だ」  「へえ。そうなんですか」  「ちょっとは興味を示せ」  「だって私、聞いてもわかりませんよ」  業界にいるくせに業界には疎い。  大先生と言われても、どこの誰かもわからないだろう。  「〈黒い龍〉とか〈白の城壁〉とか知りませんか?」  「すみません。全く」  会場のざわめきが少しずつ落ち着きを取り戻し始めたところで、如月さんの言葉遣いが外用に変わる。  「どちらも大人気の医療ドラマですよ。それ以外も医療系のドラマ、映画と、テレビがすたれ始めた時代に、書くもの書くもの次々と高視聴率を叩き出してるヒットメーカーです」  「監督さんですか?」  「脚本家です。監督なんかよりずっと権限を持っていますよ」  「そうなんですか」  如月さんからの言葉で、大きなサングラスをかけた怖いおじいさんを想像してしまった。  「なんにせよ。近づかないようにしましょう」  「えっ?」  「あの人、女性嫌いで有名ですから」  「そうなんですか……」  すけべなおじいさんよりはいくらかましだと思うけど。  「私も実際にお会いしたことはありませんが、知り合い曰く同性に対しても距離のある人らしいですけど、女性には露骨だそうです。執拗に声をかけて業界から干された女性もいるという噂ですよ」  干すって……消すってことだよね。  そこまでされるなんて、逆にその女性はどれほどしつこかったのだろう。  「如月さん会ったこともないのによくご存じですね」  「業界にいれば嫌でも話がまわってきますから」  「なるほど」  私とは縁のない世界だ。  いや、あるけども。  ぼけーっと如月さんの話を聞いていたら、お腹が空いてきた。
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