第三話 神様の正体と予期せぬお願い

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 「如月さん、私ちょっとお腹空いてきました」  「わかりました。適当に何か持ってきますから、ここから絶対に動かないでくださいね。私が戻ってくるまで誰かに何かを話しかけられても一言も口をきいてはいけませんよ」  「はい。絶対ききません」  他人から見たら少し過保護に見えるのかもしれないけど、以前パーティー会場で一人になったときに何人かの男性に絡まれて嫌な思いをしたことがあったから、如月さんの言いつけ通りにした。  例の大先生のように異性が嫌いというわけではなかったけど、私の気持ちを無視して自分の気持ちを全面に出してくる男性は苦手だ。  じろじろ変な目で見てくる男性も嫌だ。    こういう男性が好きというこだわりはないくせに、こういう男性は嫌いという特徴は明確にある。  以前声をかけてきた男性も〈嫌い〉なタイプの人だった。  早足で料理のコーナーに向かった如月さんの後ろ姿を、置いて行かれた子どものようにじっと見ていると。  「こんばんは。お一人ですか?」  知らない男性が声をかけてきた。  30代くらいだろうか。  ダークブルーのスーツを着こなしたその人は、愛想の良い笑みを浮かべて私を見下ろしていた。  「会場に入られた時から見ていました。お綺麗な方だなって。作家さんですか? それともクリエイターの方ですか?」    「…………」  清潔感があって悪い人には見えないけど、今の私は誰かに何かを話しかけられても一言も口をきいてはいけまないという制約がかかっているのだ。  視線を下に向けたまま、口をぎゅっと閉じた。  「もしかして怖がらせてます? 大丈夫ですよ、僕もそうですけどここには身元のはっきりした人間しかいませんから」    「…………」  「困ったなぁ。あなたのお名前をうかがいたいのですが、どうすればいいのでしょうか。あっ、では僕の名刺を渡してもいいですか?」  そう言って、彼はスーツの胸ポケットから名刺入れを取り出して、私に一枚差し出した。  「葉山紡(はやまつむぐ)と申します。作家をしています」    「…………」  名刺は受け取ってはいけないとは言われていないけど、受け取ってしまうと繋がりができてしまうし、自分の名前を告げないのもおかしい。  でも、差し出されたまま無視するのも感じが悪すぎる……。  焦るあまり額に汗がにじんでくる。  如月さん、早く帰ってきてください……。    不安のせいで動悸までし始めたところに「失礼します」という声が、私の心をふわっと救い上げた。  「彼女と約束していたんですけど、よろしいですか?」  そう言って、葉山さんと私の間に割って入った人からは、シトラスの香りがした。  後ろ姿で顔は見えないけど、栗色のふわふわの髪の毛で、上背の男性。  顔を見えなくても、わかる。  だけど、この状況に頭が追いつかなくて、十中八九間違いないのに、まさかという気持ちが消えない。
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