第三話 神様の正体と予期せぬお願い

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 「くっ、倉木先生っ。も、もちろんです。申し訳ありませんでした。失礼いたします!」  激しく動揺している葉山さんの声が聞こえたかと思えば、私たちの周囲にいた人たちがざわざわと騒ぎ始めたようだった。  「なんで倉木先生が?」  「女性と一緒にいるぞ」  「嘘でしょ? あの倉木先生よ」  「えっ、どういう関係?」  あちこちから、そんな声が飛び交っていたことも気づかず、私は逃げるように去って行った葉山さんの後ろ姿を呆然と見つめていた。  すると、私の視界に、くるっと体を反転させたその人が映った。  そしてようやく目が合う。  「心臓が止まるかと思った……」  「…………」  「似てる子がいるなって。まさかとは思ったけど……本当に」  「…………」  「乃々花ちゃん」  「…………」  「君、僕と同じ業界だったの?」  「…………」  ごめんなさい千紘さん。  私は今ある制約がかかっていて言葉を放つことができないのです。  喋りたい、でも如月さんの言いつけを守らないといけない。  どうしたものかとはらはらしていると、「乃々先生!」というヒーロー、いやヒロイン? この際どっちでもいい。  救世主が、私の元に駆け寄ってきてくれた。  「一体どうなさったんですか? 倉木先生とお知り合いになったんですか?」  冷静を装っているけど、如月さんが相当慌てていることは私にはわかっていた。  「……もう、喋っていいんですか?」  「えっ、あーはい。そうでしたね。どうぞ」  「ふうっ」  私は息を深く吐いて、真っ先に千紘さんに向き直った。  「無視したみたいでごめんなさい! 如月さんが戻ってくるまで誰かに何かを話しかけられても一言も口をきいてはいけないという制約があったので」  「……いや、それは正しい判断だと思うよ」  まくしたてるように言い訳をする私に呆気にとられたような千紘さんは、如月さんに一瞬視線を向けて、納得したように頷いてくれた。  「でも私も驚きました。どうして千紘さんがここにいるんですか?」  「はあっ!? 千紘さんって乃々先生っ、倉木先生とどういうご関係なんですか」  千紘さんよりも先に如月さんが私に詰め寄ってくる。  一瞬元の如月さんに戻っていたけど、すぐに直したようだ。  「私言いましたよね。空腹で倒れた私に救いの手を差し伸べてくださった神様のような方がいたと。千紘さんがその人ですよ」  「あれって、ファンタジーの世界の話では?」  「違います。現実です。勝手に勘違いしたのは如月さんですよ」  如月さんは信じられないと言わんばかりの顔で私を見つめている。  「でも如月さんも千紘さんのこと知ってたんですね。世間って私が思うよりもずっと狭いなぁ」  「知ってるも何も。さっきお話したじゃありませんか」  にっこりと笑みを浮かべて私の肩に手を置く如月さん。  この顔は多分「察しろ」と言いたいのだろう。  8年の付き合いにもなるともうわかる。
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