第三話 神様の正体と予期せぬお願い

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 さっき如月さんが話した人って……確か。  『大先生が来たんだよ。普段めったに人前に姿を見せない大物だ』  『医療系のドラマ、映画と、テレビがすたれ始めた時代に、書くもの書くもの次々と高視聴率を叩き出してるヒットメーカーです』  『脚本家です。監督なんかよりずっと権限を持っていますよ』  『なんにせよ。近づかないようにしましょう』  『あの人、女性嫌いで有名ですから』  『知り合い曰く同性に対しても距離のある人らしいですけど、女性には露骨だそうです。執拗に声をかけて業界から干された女性もいるという噂ですよ』  会場を一瞬で騒然とさせた大物脚本家が、千紘さん?  「いやいや、何かの間違いです」  如月さんから聞いたその人は、私の知る千紘さんには何もかも当てはまらない。  同姓同名の他人の空似では?  きっとそうだ。そうに決まっている。  だって私の知る千紘さんは鉄砲玉を飛ばし合っているはず……。  「もうよろしいでしょうか」  千紘さんが如月さんに声をかける。  固く、冷ややかな声だった。  「はい。大変申し訳ありませんでした。私、〇〇出版の編集をしております如月と申します。乃々先生がお世話になったようで、私からもお礼を言わせてください」    「いえ、それはもういいですから。彼女と二人にさせていただけませんか?」  「失礼ですが、それはどういったご用件でしょうか?」  私の知る姿からは想像もできない高圧的なオーラを放つ千紘さんにも怯むことなく毅然とした態度の如月さん。  女は度胸と言うけれど、男の肉体も加わっているなんて、如月さんは無敵だ。  「編集者であるあなたに話す義理はありません。彼女と話がしたいだけです」    冷たい目で如月さんの視線を受け止める千紘さん。  気のせいか、言い方にトゲがあるような……。    如月さんはくるっと後ろを振り返って、「乃々先生は、よろしいのですか?」と私に確認をとる。  その目は「嫌だったら遠慮なく言え」と語っていた。  15歳の時に出会っていることもあって、如月さんの中で私はいつまでも子どものような存在なのだろう。  編集とクリエイターという関係を越えている自覚はあったけど、如月さんの母性というか父性に、私はいつも甘えてしまっていた。  「はい。私もお話したいです」  だけど、大丈夫。  千紘さんは如月さんが心配するような人ではないから。  私の返事を聞いた如月さんはすっと身を引いて、「何かありましたらすぐに連絡をください」と言って、会場の脇に消えていった。
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