第三話 神様の正体と予期せぬお願い

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 「じゃあ、本当に……」  如月さんが言ってた女嫌いの大物脚本家とは、千紘さんで間違いないらしい。  「僕の場合は、大学の頃に書いてた小説をテレビ局でバイトしていた友人が知り合いの監督に持っていってくれてね……それが映像化することになって。そこからとんとん拍子で現在に至るって感じかな」  大学生の頃から脚本家として活躍していたなんて、すごい。  それにまだ30代なのに大先生と呼ばれるほどの実績を残しているなんて……。  生きる世界は同じだったけど、千紘さんはやはり雲の上のような存在だったのだ。  「……ごめんなさい」  「えっ?」  「私、普段テレビも映画も見なくて……世間の流行りもあまり知りません。千紘さんの作品、とても有名だと聞きました。本名で活動されているのに……全く気がつきませんでした」  どこかで聞いたことある名前だとは思っていたけど、自分のアンテナの張っていない分野は本当に疎くて、千紘さんには失礼なことをしてしまった。  「じゃあ、やっぱり僕のこと知らなかったんだ」  「……すみません」  「ううん。乃々花ちゃんが謝る必要ないよ」  「仮にも業界に籍を置いている身だというのに、お恥ずかしいです」  「そんなこと全然気にしなくていいよ。むしろ、知ってたらあんな出会いしてなかっただろうし」  「あー……はい。それは間違いないです」  ジャンルは異なるとはいえ、業界の大先輩に助けてもらって、お米まで炊かせるなんて。  知っていたら土下座して逃げ出していただろう。  どちらにせよ、千紘さんが大先輩だと分かった今、私のようなぺーぺーがこれ以上気軽に接して良いはずがない。  「千紘さん……っじゃなくて、倉木先生は」  千紘さんなんて気安く呼ぶのも心苦しくて、急いで呼び方を変えると。  「それやめてくれる?」  千紘さんは眉根を寄せて、不愉快そうな顔をする。  「へ?」  「乃々花ちゃんからはそういうふうに呼ばれたくない」  千紘さんの声が厳しくなる。  怒っているようにも聞こえたし、どこか悲しそうにも聞こえた。  「だけど……」  私のような芋虫風情が大先生と呼ばれる倉木先生を下の名前で親しげに呼ぶなど、千紘さんの評判を下げかねない。  自分のことはどう思われようがかまわないけど、私なんかのせいで万が一でも千紘さんが積み重ねてきた信頼が失われるようなことがあれば、切腹ものだ。
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