第三話 神様の正体と予期せぬお願い

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 「いつもみたいに名前で呼んでほしい。倉木先生なんて、君に他人行儀で呼ばれるのは悲しいよ」    「……私を気遣ってくれているのなら、大丈夫です」  「気遣う? 僕が? どうして?」  千紘さんは意味がわからないという顔で私を問い詰める。  「如月さんから聞きました。倉木先生は女性嫌いだって」  「……あぁ。まあ、そうだね。それは事実だ」  千紘さんは冷ややかな表情で頷いた。  千紘さんの目からは女性に対する嫌悪の色がはっきりと見えた。    如月さんが言ってたことは本当なのだ。  初めて会った日、女性から名前で呼ばれるのは好きじゃないと言っていた理由もこれなのだろう。    バーのスタッフが音もなく近づいてきて、ノンアルコールカクテルを二つテーブルに置いて静かに去っていく。  「私も女です。だから、本当は名前で呼ばれるのも、一緒にごはんに行くのも、無理してたんじゃないですか」    「……は?」  「……千紘さんは優しいから、私を傷つけないように気遣ってくれただけで、本当は嫌だったってことですよね」  私は、なんてことをしてしまったのだろう……。  執拗にせまった女性を業界から干すくらい、千紘さんにとって〈女〉は嫌悪する存在。  今の彼の様子を見るに、女性に対して憎しみさえ感じる。  それなのに、優しい千紘さんは空腹で倒れた私を放っておけず、助けてくれた。  嫌いで、憎い、〈女〉なのに。  ほかほかのごはんを炊いて、美味しいお惣菜と、温かいスープを用意してくれた。    その後ごはんに誘ってくれたのも、私がちゃんと元気になったのか確認するためだったのかもしれない。  とんちかんな私は、千紘さんが笑ってくれる、楽しそうにしてくれる、私のことを考えてくれているなどと、彼の表面上だけで判断した。  だけど内心は嫌だったのかもしれない。  不愉快だったのかもしれない。  名前呼びも、本当は嫌で、仕方なく受け入れたのかもしれない。  「……本当にごめんなさい。これからは倉木先生の視界に入らないように生きていきますので、安心してください」  あの日の御恩は一生忘れません。  本当ならもっと時間をかけてお返しをしかったけど、千紘さんを煩わせないことが一番のご恩返しになるのなら、千紘さんの世界から大人しく消える。  もう会えないと思うと、胸に小さな痛みが走ったけど、それは私の自分勝手な感情。  両手を膝に添えて、私は頭を下げた。
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