第三話 神様の正体と予期せぬお願い

13/14
前へ
/166ページ
次へ
 「さっきから黙って聞いていれば……僕がいつ君を嫌だと言った?」  静かな怒りを含んだ声に思わず肩がビクッと震えた。  「……言ってないですけど、思ってたんじゃないですか?」  「思ってない。微塵も」  「でも、私女ですよ」  「知ってる」  「……嫌いじゃないんですか?」  さっき自分で言ったじゃないですか。  女性嫌いは事実だと。  「はあっ……」  千紘さんは大きなため息を吐いた。  恐る恐る俯いていた顔を上げると、困ったような顔で私を見つめる千紘さんと目がった。  「嫌だよ。嫌なはずだったんだ。名前を呼ばれるのも、近寄られるのも、同じ時間を過ごすのも……今までは嫌だったのに……乃々花ちゃんは別なんだよ」  「……別?」  「名前を呼んでほしいと思うし、もっと一緒にいたいと思う。女性と一緒にいて、こんなに楽しくて心地良いと感じるのは初めてなんだ」  「……」  楽しそうに笑っていた姿は、本当だったということ?  表面上だけでなく、心の中でも、楽しい、嬉しいと思ってくれていたと、受け取っていいのだろうか。  それが本当に、本当なら、嬉しい。  「最後に会った時、僕言ったよね。また君に会いたいって」  「はい」  「あれが僕の本当の気持ちだから」  『また君に会いたいって言ってるんだけど』  あの日の夜、千紘さんはそう言って、また次の約束をしてくれた。  あの言葉が、千紘さんの本当の気持ち?  「僕の視界に入らないように生きていく? そんな悲しいこと、二度と言わないでほしい」  懇願するように、悲痛な眼差しを向けられて、胸がぎゅっと締め付けられた。  「……ごめんなさい」  今回は、想像がダメな方へと働いてしまった。  「僕は多分、今君と会えなくなることが一番堪える」  千紘さんの苦しげな声に胸が切なくなった。  そこまで私との時間を快く思ってくれていたなんて……。    初めて出会った日の別れ際、『こんなに笑ったの久しぶりだったから』と言ってくれたけど、あれはリップサービスではなく本当だったのかもしれない。  若くして大先生と呼ばれるほどの地位を築いて、ヒットする作品を当然のように期待されて、プレッシャーや責任が膨れ上がる中、心のままに笑うことが少なくなっていたのかもしれない。  千紘さんのことなど知らない私のとんちんかんなところが、千紘さんの安らぎに少しでもなっていたのなら、何度だって会いたい。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1215人が本棚に入れています
本棚に追加