第四話 仮の恋人のはじまり

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第四話 仮の恋人のはじまり

 私は、恩人の恋人になった。  正確には、仮の恋人だ。  『来年の春ドラマで僕が脚本を手掛けた〈7人の執刀医〉っていう作品をやるんだ。脚本を書いた時点では7人の主要人物は全員男だったんだけど、局側の意向で全員女性になってね。撮影の前には脚本会議があって、演者とやりとりすることもあるんだけど演者全員が女性っていうのは初めてで……もう、正直今の時点で憂うつなんだ』  千紘さんは頭を抱えていた。  『僕は昔から女性が苦手で、今まで避けて生きてきたから、女性とのやりとりに慣れていないんだ。だけどさすがに、自分の作品に出てくれる演者に失礼な態度はとりたくない。仕事だしね。だから、乃々花ちゃんに協力してほしいんだ。女性と円滑なコミュニケーションをとれるようになるために』  つまり、女性に慣れるため私に協力してほしいということだった。  それなら友達でも良かったのではと私は思ったけど、千紘さんは恋人という設定にした方が一緒にいても周りに不審がられないからと言っていた。  『脚本会議は来年の1月から始まるから、それまででいいんだ。お願いできるかな?』  腎臓一つちょうだいと言われても差し出すくらいの気持ちがあった私は、そのお願いに迷うことなく頷いた。    というわけで、来年の1月までの三か月。  私は、千紘さんの期限付きの恋人になった。  だけど、恋人って具体的になにをすればいいの?  深く考えずに快諾したけど、今までの人生で恋人などいたことがない私には、何をどうすればいいのかわからなかった。  「……うーん」  《ちょっと、乃々花聞いてるの!?》  「あ、聞いてないです」  私の思考と視線は〈恋人〉と検索したパソコン画面にあった。  《おいこらぁっ! っとに、あのあと会場大変だったんだからねっ!》  あの後、私は千紘さんの車に乗せられて、自分のマンションに帰った。  如月さんに声をかけずに勝手に帰っていいのか迷ったけど、正直なところもうあの会場には戻りたくなかった。    やっぱりああいう場所は得意じゃないし、私みたいな引きこもりには不釣り合いだった。  帰宅後、疲れて寝てしまった私は、翌朝の如月さんからの電話で起きたのだった。
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