第四話 仮の恋人のはじまり

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   起きると時刻は17時だった。  さすがに少し寝すぎたようだ。  デビュー直後の殺人的な忙しさは過ぎて、近年はのんびりと数時間の作業をするだけで十分だというのに、生活を朝方に戻すことができないでいた。  朝起きて、夕方までに仕事を終わらせて、22時には就寝という規則正しい生活ができる作業量になっても、私はもっぱら夜に活動していた。  朝起きるのが苦手だというのもあるけど、単純に夜の方が気分が上がって作業が捗るのだ。  自分の好きな時間に起きて、好きな時間に食べて、好きな時間に仕事をするこの生活が好き。  こんな、引きこもりが板についてしまった私に恋人なんて。  それも人間の姿をした天上人が恋人など、引きこもり芋虫女に務まるはずがないのに、千紘さんは何を考えているのだろう。  「ハッ!」  それとも、千紘さんには私が女に見えていないとか……。  それなら納得できる。  女という認識はしていないけど、生物学上は女だから、女嫌いを克服するのに最適だと思ったのかもしれない。  「うん。それだ」  きっとそうだ。そうに決まっている。  そうじゃなくてもそういうことにしておこう。  「……お腹空いた」  疑問が晴れたら空腹がやってきた。  たまには自炊でもしようかと考えるも……やっぱり面倒くさい。  ごはんを炊くくらいなら手間ではないけど、自分のためだけにちゃんとした食事を作る気にはならなかった。    一人暮らしを始めた当初は、手間をかけたご飯を作っていた。  だけど、同じものを作ったはずなのに、母と風太郎のいる家で食べた時よりも美味しくなかった。  だったら無理して自炊する必要もないと思って、栄養バランスだけは偏らないようにして、お弁当やデリバリーですませていた。  「デリバリーしよ」  デリバリーサイトで最短で配達してくれる食べ物をチェックしていると、携帯電話が鳴った。  画面には〈千紘さん〉の文字。  一瞬ドキッとしたけど、何事もないように電話に出た。
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