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「乃々に関わってくださってる方たちには、今もこれから先も感謝しかありません」
だから、自分に与えられた仕事を一生懸命やりきる。
ここまで自分を押し上げてくれた人たちに恥じないような、作品をつくる。
私にできるのは、運を繋げるための努力をすることだけ。
「うん。僕も同じような仕事してるから、乃々花ちゃんとほとんど同意見」
千紘さんは穏やかな笑みを浮かべていた。
「だけど、乃々花ちゃんよりも長くこの業界にいる先輩として一つ付け加えるなら。運は長く続かない」
「えっ……?」
「もし本当に運だけの人間だったなら、5年以内かそれよりももっと早くこの業界から消えてるよ。運だけで長生きできる世界ではないから」
「……」
「幸運に胡坐をかかずに、努力を積み重ねた人間だけが残る世界だと思う。多分それって、この業界だけに限らず、どこの社会でも同じじゃないかな」
「……」
「周りに感謝する気持ちは素敵だけど、この景色は乃々花ちゃん自身が掴み取ったんだと僕は思うよ」
「……そう、でしょうか」
リビングの大きな窓から、東京の街並みを眺めるたびに、複雑な気持ちになった。
デビュー直後は、自分の描いた漫画が本になることがただ嬉しいだけだった。だけど、漫画が売れて、アニメもヒットして、映画も好評で、色んな企業からのコラボオファーがあって。
自分の置かれた状況が、どんどん変わっていって……。
知り合いのクリエイターには私よりもすごい作品を描く人はたくさんいるのに、どうして世間に評価されないのかわからなくて。
類まれなる才能を持っているわけではない自分が評価されることに、心から喜べなくなったのはいつからだろう。
そうやって、色んな人と関わっていくうちに、自分の力で掴んだわけでもないこの状況に、どこか負い目を感じるようになった。
「少なくとも14年この世界にいて、僕はそう思った」
14年、それもそのすべての歳月を先頭で走り続けている人からの言葉はとても重い。
じゃあ私も、すべて運ではなかったのだろうか。
運だけではなかったと、思っていいのだろうか。
千紘さんの言葉は、乃々としてデビューしてからずっと胸の中にあったわだかまりを溶かしていってくれるようだった。
「……私も、そう思うようにしようかな」
「うん。乃々花ちゃんはもっと自分を誇っていいんだよ」
「では……ちょっとだけ、誇ります!」
歌いますみたいに言ってしまった。
我ながら、軽すぎた。
「はははっ、その意気だ」
千紘さんは愉快そうに笑った。
千紘さんのおかげで、今日は窓から見える夜景を憂いない気持ちで綺麗だと思えそうだ。
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