第四話 仮の恋人のはじまり

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 「いいんだよ。だって、乃々花ちゃんは僕の恋人だから」  「あ! そういえば、恋人でした」  「うん。そうだよ」  今の今まで、すっかり忘れていた。  ご恩返しとして、私は千紘さんの〈恋人〉になっていた。  女性嫌いを克服するための仮の恋人だけど、こうやって接する時間を増やすことが千紘さんのためになるなら、むしろ気にせず甘えた方がいいのかな……。  「ん~……私、恋人ってできたことないので、どうすればいいのかわかりません」    「えっ! じゃあ僕が初めてってこと?」  千紘さんが驚いたように大きな声を上げる。  「はい。そうです」  「……そっか。そうなんだ」  千紘さんは目を細めて嬉しそうに笑っていた。  その顔がいつもとは違う綺麗さで、なぜかわからないけどドキドキした。  ちょっと、食べすぎたかな……。  「仮でも、千紘さんの恋人なら、私もっと大人になるようにします!」  気を紛らわせるように、頭の中で大人計画を立ててみる。  言葉遣いとか、行動とか、もっとちゃんとしないと。  感情も控えめにしたりとか……できるかな。  千紘さんはちゃんとした人だから、一緒にいると一人でいる時よりも自分の粗が際立つだろう。    一緒にいる時間が増えるのなら千紘さんに恥をかかせないようにと思ったのに、  「そんなことしなくていいよ」  「えっ?」  普段よりも強い千紘さんの言葉で、私の頭の中で始まったばかりの大人計画が中断する。  「僕はそのままの君がいい。なにも気にせず。自由な心のままでいて?」  自由な心のままって、あっちいったりこっちいったりするけど、いいのかな。  思ったことがすぐ声に出たり、行動に出たりするし。  美味しいものを前にすると他のことを考えられなくなるし。  自由な心のままでいると、自分が楽しいこと、美味しいこと、幸せなことを優先して生きることになるけど、本当にそれでもいいのかな……。  「そのままの乃々花ちゃんと一緒にいたいんだ」  念を押すようにそう言われて、思わず「はい」と返事をしてしまった。  出会いが出会いだし、いまさら自分を繕っても意味がないことはわかっていたけど。  でもせめて人前では、できる限り年齢に似合わない幼い行動はしないように気をつけようと心に決めた。
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