第四話 仮の恋人のはじまり

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 「乃々花ちゃん、紅茶と緑茶どっちに……」  言葉よりも先に、私はその背中に触れていた。  「……」  そして、風太郎にするみたいに千紘さんの体をぎゅっと抱き締めた。  だけど、今さらながら千紘さんは女性嫌いで、触られるのも嫌だったかもしれない。  勢いのまま抱きついておいて、勢いよく離れるのも頭のおかしいやつだと思われそうで(もう思われてるだろうけど)、どうすることもできずにいた。  「乃々花ちゃん、どうしたの」  先に口を開いたのは千紘さんだった。  穏やかで優しい声からは、不快感は含んでいないように思う。  「……嫌じゃないですか?」  もし嫌であったなら、即座に額を床にこすりつける予定だった。  だけど千紘さんからは、  「嫌なわけない」  強い意思を含んだ答えが返ってきた。  私を気遣って嘘をついているようには聞こえなかったから、多分本当だと思う。  よかった……。  安心して、千紘さんの腰にまわした腕も緩んでいく。  「だから、もう少しこのままでいいかな」  「えっ?」  「もう少しこのままでいてほしい」  「……はい。そうしましょう」  千紘さんにお願いされて、私は緩んでいた腕にもう一度力を込めた。  大きな背中に額を当てて後ろから千紘さんを抱きしめた。  千紘さんが初めてうちに来た日。  ちょっとだけ、千紘さんの心に触れたような気がした。
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