第五話 大人な彼の意外な一面

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第五話 大人な彼の意外な一面

 私が千紘さんの恋人(仮)になって早一週間。  カレンダーは10月に変わっていた。  お互いスケジュールが合わなくて、初めてうちに来て以降は千紘さんと会うことはなかったけど、千紘さんは頻繁にメッセージをくれた。  主に、〈ごはんちゃんと食べてる?〉という確認のようなメッセージだったけど。  私と違って会社勤めの人のような規則正しい生活を送っている千紘さんからは、今日のごはんというタイトルで食事の写真も添付されてきた。  これがまた、見るからに栄養バランスの良さそうな彩りも豊かなごはんの写真で、気づいたらよだれが出ていたことはさすがに伝えていない。  「こんばんは」  私のごはんといえば、  「あっ、乃々花ちゃん。こんばんは」  開店したばかりのまごころ弁当のドアを開けると、いつもながら品の良い笑みを携えた倉木さんが私を迎えてくれた。  千紘さんとの一件以来、倉木さんには顔だけでなく名前も憶えてもらって、嬉しいやら恥ずかしいやら。  「今夜のおすすめは何ですか?」  定番のお惣菜やお弁当もすごく美味しいけど、早く来れた日は必ず〈今夜のおすすめ〉を購入する。 〈今夜のおすすめ〉とは、倉木さんがその日の気まぐれで作るお惣菜。  少量しか用意していないから、だいたい開店後1時間以内には完売してしまう幻のおかずだ。  「今夜のおすすめ品は、〈牡蠣のピリ辛オイスター炒め〉です」  「くうぅ~っ! 300gクダサイッ!」  「ふふっ。少々お待ちください」  倉木さんは小さく微笑みながら、今夜のおすすめ品を取り分けてくれる。  今の笑い方、千紘さんと同じだったな。  他のお惣菜を見ながら、私は千紘さんの笑顔を思い出していた。  どんな悪い心も浄化してくれそうな綺麗な微笑みも、とんちんかんな私の発言におかしそうに笑う笑顔も、どっちも好きだ。  千紘さんの笑っている姿を見ると、私まで嬉しくなる。  「乃々花ちゃん」  「はいっ」    倉木さんに声をかけられて、慌てて振り向いた。
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