第五話 大人な彼の意外な一面

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 「千紘と付き合ってるんだってね」  「えっ! あっ……はい」  倉木さんの言い方からして、仮ということは知らないのだろう。  なんだか騙しているようで心苦しかったけど、私は倉木さんに頷いた。  「昨日久しぶりに一緒に朝ごはんを食べた時に聞いてね、驚いたよ」  「そうでしたか」  「あの子は、私のせいで女性に対して良いイメージを持っていなかったからね」    「……えっ?」  倉木さんのせい?   それはどういうことだろう。  「しっかりしているように見えるけど、人に弱味を見せれないだけで、本当は寂しがりなんだよ」  「……そう、なんですか?」  倉木さんの言葉はちょっと意外だった。  千紘さんは、一人の生活を楽しんでいて、とても充実しているように見えるから。  「甘えたい時期に甘えられなかったせいで、なんでも一人でできるようになってしまったけど……一人が好きなわけではないんだ」  「……」  甘えたい時期に甘えられなかった……。  寂しい子ども時代だったということ?  「仲良くしてもらえると私も嬉しい」  「……ぁ、はい。こちらこそっ、私なんかで良ければ。仲良くしたいです」  「うん。ありがとう」  倉木さんは嬉しそうに笑っていた。  いつもの笑顔とは違う、子どもを思う親の笑顔だった。  サラダと煮物を追加で購入して、お店を後にした私は、マンションへ帰るまでの間、倉木さんの言葉が頭の中を駆け巡っていた。  ◇◇◇  朝、目覚ましのアラームで私は起きた。  目覚ましをかけて起きるなんて、久しぶりのことだった。  カーテンを開けると、太陽が驚くほど眩しかった。  重い体をなんとか起こして、脱衣所に向かう。  着ていたパジャマをぽーいと投げて、沸き上げ設定をしていたお風呂に入った。  「ぬぁ~」  朝風呂、最高。  朝起きるのは辛いけど、朝のお風呂だけは好きだ。  いつまででも入っていたくなる。そしてこのまま目を閉じて寝たくなる。  ふやける前に、全身を洗って浴室から出た。  私は通販で買ったばかりの高級バスローブを羽織って、髪も乾かさずにキッチンに向かった。  これまたこないだ通販で買ったワイングラスを取り出して、冷蔵庫から牛乳を注ぐ。  ワイングラスに入った牛乳を右手に持って、リビングの窓の前に向かった。  大きな窓ガラス越しに東京の街を眺めながら、牛乳を一口飲んだ。  「ふむ。いい朝だ」  時刻は11時。  私にとっては十分朝だ。
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