第五話 大人な彼の意外な一面

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 「……もう、いいかな」  リビングのソファに座って、牛乳をちびちび飲んだ。  千紘さんに、もっと自分を誇っていいと言われて、具体的にどうすればいいのかわからなくて、とりあえず高級バスローブとワイングラスを買った。  本当は葉巻も買おうと思ったけど、それはやめておいた。  朝からワインも飲みたくないから牛乳にした。  バスローブを着て、ワイングラスを片手に葉巻を吸うというのが私の中の成功者のイメージだったのだ。  これじゃあ昭和のスーパースターのものまねだ。  誇らしくするというのは、案外難しい。  バスローブは着心地が良くて気に入ったけど。  「お腹空いた……」  牛乳を飲んだせいで、かえって食欲が刺激されてしまった。  デリバリーを頼もうと携帯電話を手に取って、厚かましいことが思い浮かんだ。  「……千紘さん、起きてるかな」  昨日の倉木さんの言葉を、私は図々しく解釈した。  『しっかりしているように見えるけど、人に弱味を見せれないだけで、本当は寂しがりなんだよ』  『甘えたい時期に甘えられなかったせいで、なんでも一人でできるようになってしまったけど……一人が好きなわけではないんだ』    つまり、遠慮なくごはんを作ってもらっていいのだと。  最初の出会いから図々しさのオンパレードだったせいか、私は感覚が麻痺してしまっているのだと思う。  だけど、今さらしおらしく遠慮した態度をとるのもわざとらしくて、そんな気持ちは吹っ切ることにした。  私は恥知らずの芋虫女なのだと。  千紘さんの予定なども考えることなく、私はメッセージを送っていた。  〈千紘さんのごはんが食べたいです〉  よだれの絵文字も添えた。  仕事中なら返ってこないだろうし、空になったワイングラスをキッチンに持って行こうとソファから立ち上がった時――ピコンと携帯電話が鳴った。  「えっ」  画面を見ると、千紘さんからのメッセージが表示されていた。  メッセージを送ってから10秒くらしか経っていないのに。  千紘さん、ギャルなの?  〈30分後に行く〉  千紘さんからのメッセージを確認して、私は慌ててグラスを片付けた。
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