第五話 大人な彼の意外な一面

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 あっという間に部屋のインターホンが鳴って、私は急いで解錠した。  ドアを開けると、大きな手提げ袋を抱えた千紘さんが立っていた。  「久しぶりだね」  一週間ぶりに見る千紘さんの微笑みに、尻尾があったら高速回転していただろう。  風太郎の気持ちが今ならよくわかる。  思わず、きゅーんと鳴きそうになったけど、まだ人間を辞めるわけにはいかない。  「千紘サン!」  「うん?」  会いたかったワーン!  と言いたい気持ちをぐっと抑えて、  「私、お腹、ぺこぺこです」  「ははっ、そうだったね。すぐ作るから待ってて」  「はいっ」  ついていないはずの尻尾がぶんぶんと回転しているような感覚で、気づいた。  自分でも気づかぬうちに、綺麗で優しくて料理上手で、いつも美味しいものを食べさせてくれる千紘さんが、大好きになっていたのだ。  決して、餌付けをされたからではない。  千紘さんはキッチンに入ると手早くごはんの支度を始めた。  私はというと、千紘さんの邪魔にならないようにカウンター越しに千紘さんの作業を、落ち着かないお腹で見ていた。    千紘さんは持ってきた手提げかばんの中から材料を取り出して、手際よく調理していく。  タッパーもあったから、何か作り置きのも持ってきてくれたのだろう。  私は千紘さんの邪魔をしないように、飲みものとカトラリーの準備だけして、大人しく席に座って待っていた。  「お待たせしました」  千紘さんはものの15分で、私のごはんを用意してくれた。  「……じゅるり」  キラキラした朝食に、思わず擬音が声に出てしまった。  フォークを片手にふるふると震える私に、千紘さんは笑いをこらえながらメニューの紹介をしてくれた。  「メインはチーズとほうれん草のオムレツで、こっちがいちじくと生ハムのサラダ。スープは昨日作ったクラムチャウダーを温めただけ。ソフトフランスパンは、父さんからの差し入れ。このバター美味しいから塗って食べてみて?」  「もうっ、食べてイイデスカッ!」  「はははっ、どうぞ、召し上がれ」  〈待て〉からの〈よし〉をいただいた私は、真っ先にメインのオムレツを口に運んだ。  ほうれん草のほのかな苦みととろりとしたチーズのまろやかさ、そこにケチャップの甘みが加わって、口の中がパラダイス。  「おいひすぎる~」  「ふふっ、良かった」  続いて、いちじくと生ハムのサラダをロックオン。  そんなオシャレなサラダがこの世に存在することを今初めて知った。  ドキドキしながら口に運ぶと、いちじくの新鮮な甘さと生ハムの塩気が驚くほどマッチして、無意識のうちにもう一口頬張っていた。  「これ、好きです!」  「それは良かった。生ハムって甘みのある果物と相性良いんだよ」    「知りませんでした。とっても美味しいですっ」  「うん。僕のことは気にせず、どんどん食べて?」  「はいっ」
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