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「……だから、そういうことさらっと言うのやめてって前に言ったよね?」
前? ああ! そういえばそんなようなことを言われたような気がする。
なんだったか……そう、確か。
可愛いことを口にするのは止めて欲しいと。
胸がどきどき。動悸がするからやめてほしいと。
なるほど。千紘さんを大好きと言うことは、動悸がするような可愛いことになるのか。
だけど……これは、やめれるだろうか。
「意識せず言葉に出てしまう時はどうすればいいでしょう」
こんなに美味しいものを食べさせてくれて、優しくしてくれる人に、尻尾を振るなと言われて、できるだろうか。
意図してやっているわけではないから、難しい。
感情を抑えるのは、どうも苦手だ。
「そうやって素直に気持ちを伝えてくれるのは、すごく嬉しいけど。こっちも色々耐えてるから、乃々花ちゃんも気をつけてほしい……」
「……耐える? 何を耐えるんですか?」
とんちんかんな私を張り倒したくなる衝動?
それとも、幼稚な私を大人の女性に教育したくなる欲求?
私に対して千紘さんが耐えていることなど、それくらいしか思いつかなかった。
「それは……言うと、君は困るから」
「困りません」
むしろ、如月さんで慣れている。
さすがに張り倒されたことはないけど、延々とお説教されることは少なくない。
自分に非があることはわかりきっているから、千紘さんからの指摘も大人しく受け入れるつもりだ。
「嫌な気持ちになると思う」
「なりません」
むしろ嫌な気持ちにさせている方が嫌だ。
「僕を軽蔑すると思う」
「しません」
私の方が軽蔑されることしかしていない。
それなのに、変わらず笑ってくれる神様のような千紘さんを軽蔑するなど、絶対にない。
私が千紘さんを軽蔑するなんて何様だ。
まだしてもいないのに想像だけで自分に腹が立ってくる。
「教えてください!」
このままでは、きっと仕事が手につかない。
私はずいっと身を乗り出して、千紘さんからの返事を待った。
千紘さんは私から顔を逸らして、目線を下げる。
遠慮しているのだろう。とても言いにくそうだった。
私はそんなに我慢をさせていたのか……。
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