第一話 お神との出会い

7/13
前へ
/166ページ
次へ
 きっとそう、例えば、世界中をまわって飢えに苦しむ人々に恵みを与えている豊穣の国の王子様。  身分を隠してお忍びで来日し、日本の孤児たちに神スープをふるまっている……とか。  それならば私のような庶民に簡単に名前を名乗ることなどできなくて当然だ。  「あの、すみません。名前は大丈夫です。王子と呼ばせていただきますから」    「やめて?」  「えっ、しかし」  「次は何を勘違いしたのかな? ん?」  「へっ?」  王子は肩を揺らして笑っていた。  そして、ふうっと一息ついたと思ったら、  「……僕の名前は、倉木千紘(くらきちひろ)です」  人間の名前を教えてくれた。  彼は、お神でもなく王子でもなく、倉木千紘さん。  素敵なお名前だ。  ただ、どこかで聞き覚えのある名前だと思った。  でも、どこで聞いたのかはさっぱり思い出せなかった。  「倉木さん……あ、でも、まごころ弁当の倉木さんとお名前が一緒なので」  「うん。親子だからね」  「千紘さんとお呼びしてもいいですか?」  「……」  失礼のないように確認をとってみたが、倉木さん、ではなく千紘さんからは返事がやってこない。  初対面の相手に名前呼びなど慣れ慣れしすぎただろうか。  だけど、それを超える馴れ馴れしい&図々しい行いをしてしまっている手前、今さら馴れ馴れしいと思うのもどの面下げてとなるわけで……。  「あーっと……ごめん。僕ね、女性から名前で呼ばれるの好きじゃないんだ」  「そうだったんですね。それは失礼なことをしました」  特別な女性以外は名前呼びされるのは嫌な人なのだろうか。  それとも、中性的な名前を女性から呼ばれるのが嫌?  理由はわからないけど、知らなかったとはいえ嫌な気持ちをさせてしまったことが心苦しい。  「いや、そうじゃなくて!」  謝る私に、千紘さんが慌てて頭を振る。  「嫌だったはずなんだけど……今、君から名前を呼ばれた時、嫌じゃなかったから、自分でもびっくりしてるとこ」  千紘さんは動揺しているようだった。  「……そうですか? じゃあ、私はどうお呼びすればよろしいでしょうか」  嫌な気持ちにならなかったのなら良かった。  抱いていた罪悪感ががスッと消えていく。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1215人が本棚に入れています
本棚に追加