第七話 いちばんが欲しい

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第七話 いちばんが欲しい

 千紘さんの恋人になって三週間目。  私たちは箱根にきていた。  新宿で待ち合わせをして、ロマンスカーでばびゅんと箱根湯本駅に到着。  箱根に来たなら、大涌谷でくろたまごを食べたり、箱根神社の平和の鳥居を見たり、ロープウェイで空中散歩をしたりするべきところ……。  「乃々花ちゃん、こっちカステラ焼きあるよ」  「どこデスカステラ!」  興奮のあまり返事にカステラが混ざった。    私たちは箱根湯本周辺で食べ歩きに興じていた。  私も千紘さんも仕事の取材で箱根はもちろん、作中の舞台となる場所には足を運んでいたため、箱根に限らず日本の名所と呼ばれる場所のほとんどはすでに制覇してしまっているのだ。    食道楽の私は観光をするよりもその土地ならではの美味しいものを食べることの方が何倍も楽しい。  大判焼きを小さくしたようなカステラ焼きをいつの間にか千紘さんが買っていてくれた。  「はい。熱いから気をつけて」  「あ、お金を」  「これ70円。僕を甲斐性なしって言いたい?」  「ごちそうさまですっ」  「どういたしまして」  甲斐性なしなんて、とんでもない。  ありがたくご馳走になった。  カステラ焼きには〈はこね〉という文字と温泉のマークが焼き印してあり、なんとも可愛らしい。  「さくふわぁ~」  焼きたたてはさくっとして、ふわっとしていた。  中は白あんで、優しい甘さだった。  「美味しいね。次も甘いのだけど大丈夫って、あれ、乃々花ちゃん?」  「すみません。カステラ6つください」  千紘さんを置いて、私はカステラのおかわりを購入した。  すごく美味しいけど、サイズが小さくて食べた気にならなかったから。  千紘さんを待たせないように、焼き立てのカステラをふうふうしながら急いで食べた。  1分ほどで6つのカステラ焼きを平らげた私を、千紘さんはぽかんとした顔で見つめていた。  「……前から思ってたけど、乃々花ちゃんって大食い?」  「いえいえ! 私なんて、滅相もないです。ただの食いしん坊ですから」  私のような半端者があんなファイターたちと肩を並べるなど図々しい。  でもあんなカッコいい人たちと同じように思われたことがちょっとだけ嬉しくて、照れ笑いしていると、  「いや、褒めてないよ?」  千紘さんから冷静なつっこみが返ってきた。  だけど、私の耳は自分の都合の良いことしか拾わないようで、千紘さんの声は全く聞こえていなかった。  普段みっともない姿しか見せていないから、今日は千紘さんにカッコいいところを見せよう。  私は一人意気込んでいた。
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