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「はい。本当に、急でした」
「……乃々花ちゃんが可愛いのが悪い」
「えっ、私のせいですか?」
「そうですよ。君のせいです」
「……えっと……気をつけます」
何を気をつければいいのかは、さっぱりわからないけど。
とりあえず、お腹が空いた。
千紘さんに案内されるまま、目的のお蕎麦屋さんに着いた。
「私お蕎麦大好きです」
「僕も。体にも良いし、ヘルシーだし、よく食べるよ」
ここのお店は、水を一切使わず、そば粉、自然薯、卵だけで仕上げた蕎麦が有名だった。
私たちは、お蕎麦、自然薯の山かけ、薬味がセットになった一番人気のせいろそばを注文した。
水を使っていないからか、蕎麦本来の風味が感じられて、すごく美味しかった。
美味しすぎて、一人前で終わるはずが、ついついもう一人前食べてしまった。
「あ~美味しかったです!」
「さすがにお腹いっぱいになった?」
「はい。もうデザートくらいしか入らないです」
「まだ入るんだ。すごいなぁ乃々花ちゃんは」
「いえいえ、私なんかそれほどでもないです」
また褒められてしまった。
千紘さんからは褒められてばかりいる気がする。
美味しいものをたくさん食べさせてくれて、優しくしてしてくれて、褒めてくれて。こんなに甘やかされてしまったら、今以上のダメ人間になってしまう気がする。
「一度旅館に戻って休もうか」
「はい」
旅館までの道のりを千紘さんとのんびり歩いた。
景色をぼーっと見ながら歩いて、時々立ち止まっても、他のものに目を奪われてふらっと寄り道しても、千紘さんは何も言わずに隣にいてくれた。
私の好奇心を止めることなく黙って見守ってくれることが、すごくすごく嬉しくて、千紘さんの優しさに胸がきゅんとした。
ついていない尻尾がくるくると回転して、今すぐ飛びかかりたくなる衝動を抑えて、千紘さんを見上げると。
「……」
千紘さんは無表情で一点を見つめていた。
急に、その場で立ち止まった千紘さん。
どうしたんだろうと不思議に思って、「千紘さん」と声をかけようとした時だった。
「……千紘?」
向こうの方で、彼の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。
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