第七話 いちばんが欲しい

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 「冷たいだろうけど、しばらく当ててるね」  「ありがとうございます」  ひんやりと冷たいタオルが手首の熱を吸い取ってくれる。  「ごめんね」  「もう、いいですよ。謝らないでください」  こんなことどうってことない。  それよりも、千紘さんの方が心配だった。  あんな顔をした千紘さんを、初めて見た。  瞳に何も映していないような、感情のない顔。  千紘さんにそんな顔をさせたあの女性も……。  色々気になることはあったけど、千紘さんが言わない以上、詮索することはできないし無理に聞きたいとも思わない。  人は誰しも、何かしら、言いたくないこと、言えないことがあると思うから。  「お夕飯は18時でしたよね?」  「えっ、うん。そうだよ」    「あと2時間あるんですね」    「うん」  「私、寝ます」  「えっ?」  「朝早かったですし、お腹もいっぱいで、眠くなっちゃいました」  12時出発だったから今朝は10時起きだった。  こんなに朝早く起きるのは本当に久しぶりだったから、少しお布団に入りたい。  「ぁ、ははっ……そうだね。僕も寝ようかな」  「そうしましょう」  私は素早く浴衣に着替えて、ベッドにダイブした。  千紘さんがとってくれたお部屋はツインだから、寝相も気にせず眠れる。  多分、この旅館の中で一番豪華なお部屋なのだろう。  広々としたベッドルーム、和室、リビング、ウッドデッキ、露天風呂までついている。  自分の分は支払うつもりでいたけど、倉木大先生相手にそんなことを申し出るのはかえって失礼な気がして、大人しく甘えようと思う。  「ふぁ~あ」  これはもう、布団をかぶって羊を10匹数える頃にはあっという間に夢の中だ。  すでにうとうとし始めている私の隣で、倉木さんが「はやっ」とつぶやく。  早寝は特技なんです。  「……乃々花ちゃん。あのさ……さっきのことなんだけど」  「……」  「えっ、寝た? もう寝たの?」  「……スー……スー」  「ふはっ……っとに、かなわないなぁ」  千紘さんが声をかけてくれていたことも知らずに、私は夢の中を泳いでいた。  「おやすみ」  だから、倉木さんがさっきのことを話してくれようとしていたことも、私の額に優しくキスを落としてくれたことも、私は知らない。
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