第七話 いちばんが欲しい

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 「乃々花ちゃん、起きて」  「……ぬー……」  「乃々花ちゃん、起きなさい」  「……のー……」  「乃々花ちゃん、もうごはんだよ」  「ゴハン!!」  私はベッドから飛び起きた。  また美味しい夢でも見ていたのか、少しよだれが出ていて、袖でぬぐった。  「先に和室にいるから……浴衣、直して出てきてね」  「へっ?」  浴衣?  そう言われて下を向くと、浴衣が乱れて胸元が露わになっていた。  「わわっ」  しまった。  嫌なもの見せてしまった。  千紘さんはおっぱい嫌いだから、気分悪くしただろうな。  二度と胸元がはだけないように、これでもかと浴衣をしっかり直した。  「お待たせしました」  夕食は和室で部屋食だった。  時刻は18時を過ぎており、すでに多くの品数が運ばれていた。  「わぁ~」  旅館の部屋食なんて、最後に取材旅行で行ったきりだ。  泊まりでの旅行は必ず部屋食にしていた。  必要以上に人と会いたくないのもあるけど、取材旅行の時は部屋の中でもパソコン作業をするから、なるべく部屋から出たくなかった。  旅館を決めてくれた時、千紘さんも同じだと言っていた。  「せっかくだし、乾杯だけでも飲もうか」  「いいですね!」  「乃々花ちゃん、甘い方がいいよね」  「はい。よくご存じで」  ビールも日本酒も、苦いお酒は全く飲めない。  「なんとなく、そうかなって」  「千紘さんにはなんでもお見通しですね」  「ははっ、なんでもじゃないけどね。乃々花ちゃんのこといつも考えてるから」  「わー……その言葉なんか恥ずかしいです」  「えっ、今? もっと恥ずかしいこと今までなかった?」  「えっ……」  あったかな?  考えてみるけど、思い出せない。  もしかしたら、〈恥ずかしいこと〉の基準が人とちょっと違うのかもしれない。  「君は掴みどころがなさすぎて難しい」  千紘さんはちょっとだけ恨めしそうに私を見る。  「いえいえっ。私なんて単純な人間です」  「単純に見せて、掴もうとしたらすり抜けてくでしょ」  「ふらふらしてるんでしょうね~」  「君みたいな子を魔性っていうんだろうね」  「魔性!? えっ、ちょっとかっこいい……」  中二病をこじらせてるみたいだけど、〈魔〉がつくとなんかカッコいいと思ってしまった。  また妄想が膨らんでしまいそうになるところを、「乃々花ちゃーん」という千紘さんの呆れた声が止めてくれた。
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