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千紘さんは湘南ゴールドワインを注文してくれて、それで乾杯をした。
「わぁ、美味しいです」
「うん。飲みやすいね」
爽やかで口当たりの良いフルーツワインは、ワインが得意ではない私でもごくごく飲めた。
食事が始まると、私が食事に夢中になるをわかってくれているからか、千紘さんは私に声をかけることなく黙って箸を動かしていた。
きっと、普通なら「これ美味しいね」と言いながら、食べるのだろうけど。
私は食べながら喋るのが苦手で、食べる時は食べることに集中したい。
「あ、これ美味しい」
口から出ることと言えば、相手に同意を求めるような言葉ではなく噛みしめるようなつぶやき。
「こっちも美味しかったよ」
「わぁ、食べてみます」
冷たいものは温度が上がらぬうちに、温かいものは温度が下がらぬうちに、一番美味しい状態で食べたいから、食事の時は会話などできなかった。
千紘さんは私のそんな性質を理解してくれているようで、食事中は会話の必要のない短い言葉をかけてくれるだけで、それがとてもありがたかった。
旅館のごはんは総じて多い。
料理長が完食させまいとしているのではないかと疑ってしまうほどの量だ。
だから今回もまた、おひつに入ったごはんを食べきることができなかった。
「……私なんて所詮この程度ですよ」
「食べれなくて当然だよ。あれだけの品数で、おひつのご飯も2合くらいあったんだから。むしろよく食べたよ」
「ごはんを残して褒められたって嬉しくないです……」
出された食事はできる限り完食したい。
食道楽としてのプライドだ。
「そう落ち込まないの。ほら、こっちおいで。ウッドデッキから星が見えるよ」
「……流れ星見えますかね」
もっと美味しいものをたくさん食べれるようなお腹を手に入れたい。
「探してみたら?」
千紘さんに手を引かれて、ウッドデッキに出た。
10月も後半になると夜は肌寒い。
ごはんを食べて体温も上がっていたのに、ぶるっと体が震えた。
「風邪ひかないようにね」
肩に重さを感じたと思ったら、千紘さんが羽織をかけてくれていた。
お神……。
千紘さんは出会った頃から今までずっと優しい。
旅館の人に対しても終始丁寧な対応をしていたし。彼が本当に女性が嫌いで、自分に対して執拗な態度をとった女性を干したとは、到底信じられない。
今でも、それは何かの間違いじゃないかと思う。
「流れ星、なさそうです」
星は綺麗に見えるけど、何も流れてこない。
私の貪欲な願いを前に星も流れるのためらっているのだろう……。
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